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Tiennan COSTLEY
ニュージーランド人の父とオーストラリア人の母を持ち、オーストラリアのシドニーで生まれた。4歳の時に父の仕事の関係で、ニュージーランドに引っ越し、兄2人がラグビーをやっていた影響で、5歳から競技を始めた。
小さい頃はオールブラックスになることを夢見ていたが、高校卒業後、第1希望だったカンタベリーアカデミーに入ることができず、他のアカデミーに入ろうとしていた時、岡山・IPU環太平洋大学に誘われて、日本への留学を決めた。来日時は体重が90kgほどしかなかったという。
日本ではラグビーの練習以外に通訳はおらず、コロナ禍や父の死去など苦労も絶えなかったが、日本語も熱心に勉強。大学4年時はバイスキャプテンを務め、3トライを挙げる活躍を見せて、朝日大学に30-28で勝利し、大学選手権初出場に大きく貢献した。しかし、大学選手権では福岡工業大学に25-31で敗れた。
2023年1月、アーリーエントリー制度で神戸に入ると、チームメイトのけがや体調不良もあって、3月の東芝ブレイブルーパス東京戦で先発し、その後も4試合に出場。
さらに2023-24シーズンは、オールブラックスのFL(フランカー)アーディー・サヴェアとともにプレーし、全16試合に出場し、12試合でNO8(ナンバーエイト)として先発し、4トライを挙げた。新人賞はならなかったが、2位のポイントを得るなど大きく存在感を示した。
2024年2月の福岡、5月の菅平でのトレーニングスコッド合宿に参加し、6月には目標としていた日本代表に初選出された。イングランド代表戦に先発し、初キャップを獲得すると、パシフィックネーションズカップまで6試合に出場。秋の欧州遠征には参加しなかったが、大きな成長を遂げた。
2024-25シーズンのリーグワンではリーグ戦18試合全てに出場。プレーオフはケガの影響で出場しなかったが、スピードとボールキャリーを武器に、神戸の主力選手としてチームをけん引する1人となった。
2025年、ケガの影響で春の代表活動には参加しなかったが、8月には日本代表に再び招集された。
◆大学の1学年下にはPR(プロップ)ショーン・ヴェーテー(静岡ブルーレヴズ)がおり、高校の同級生で仲が良い。次兄はオランダでラグビーを続けているという。愛称は「タマ」、マオリ語で「男の子」という意味だ。日本代表でチームメイトとなったLO(ロック)ワーナー・ディアンズ(ブレイブルーパス)に顔が似ていると言われている。
斉藤健仁© JRFU
憧れはリーチ。神戸で成長した若きバックロー
ニュージーランド人の父とオーストラリア人の母を持ち、オーストラリアのシドニーで生まれた。4歳の時に父の仕事の関係で、ニュージーランドに引っ越し、兄2人がラグビーをやっていた影響で、5歳から競技を始めた。
小さい頃はオールブラックスになることを夢見ていたが、高校卒業後、第1希望だったカンタベリーアカデミーに入ることができず、他のアカデミーに入ろうとしていた時、岡山・IPU環太平洋大学に誘われて、日本への留学を決めた。来日時は体重が90kgほどしかなかったという。
日本ではラグビーの練習以外に通訳はおらず、コロナ禍や父の死去など苦労も絶えなかったが、日本語も熱心に勉強。大学4年時はバイスキャプテンを務め、3トライを挙げる活躍を見せて、朝日大学に30-28で勝利し、大学選手権初出場に大きく貢献した。しかし、大学選手権では福岡工業大学に25-31で敗れた。
2023年1月、アーリーエントリー制度で神戸に入ると、チームメイトのけがや体調不良もあって、3月の東芝ブレイブルーパス東京戦で先発し、その後も4試合に出場。
さらに2023-24シーズンは、オールブラックスのFL(フランカー)アーディー・サヴェアとともにプレーし、全16試合に出場し、12試合でNO8(ナンバーエイト)として先発し、4トライを挙げた。新人賞はならなかったが、2位のポイントを得るなど大きく存在感を示した。
2024年2月の福岡、5月の菅平でのトレーニングスコッド合宿に参加し、6月には目標としていた日本代表に初選出された。イングランド代表戦に先発し、初キャップを獲得すると、パシフィックネーションズカップまで6試合に出場。秋の欧州遠征には参加しなかったが、大きな成長を遂げた。
2024-25シーズンのリーグワンではリーグ戦18試合全てに出場。プレーオフはケガの影響で出場しなかったが、スピードとボールキャリーを武器に、神戸の主力選手としてチームをけん引する1人となった。
2025年、ケガの影響で春の代表活動には参加しなかったが、8月には日本代表に再び招集された。
◆大学の1学年下にはPR(プロップ)ショーン・ヴェーテー(静岡ブルーレヴズ)がおり、高校の同級生で仲が良い。次兄はオランダでラグビーを続けているという。愛称は「タマ」、マオリ語で「男の子」という意味だ。日本代表でチームメイトとなったLO(ロック)ワーナー・ディアンズ(ブレイブルーパス)に顔が似ていると言われている。
斉藤健仁© JRFU
ラグビー日本代表選手名鑑
- 小林 賢太
- 竹内 柊平
- 為房 慶次朗
- 古畑 翔
- 佐藤 健次
- 平生 翔大
- ワーナー・ディアンズ
- ジャック・コーネルセン
- タイラー・ポール
- エピネリ・ウルイヴァイティ
- ハリー・ホッキングス
- 山本 秀
- 下川 甲嗣
- 福田 健太
- 齋藤 直人
- 李 承信
- 小村 真也
- サム・グリーン
- ディラン・ライリー
- チャーリー・ローレンス
- 池田 悠希
- 長田 智希
- 植田 和磨