ツール・ド・フランスを知るための100の入り口
ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:ツールの声
生まれた日がパリ~ルーベの開催日、というロードレースの申し子のような彼は、35年以上もメインスピーカーの座を保持し続けている。そのワケは、よどみなく中継をこなすからだけではない。生き字引と言われるほど、競技に造詣が深いのだ。
レース1時間ほど前に行われる出走前サインの際は、200人近い選手が入れ替わり立ち代わり署名台のあるステージに登壇する。目まぐるしく行きかう選手たちの顔を見るやいなや、名前を即座にアナウンスし、戦歴を短時間で紹介するその技は、まさに芸術的だ。
また、レースが活況を呈する終盤、スピーカー越しに聞こえる彼の実況中継は、実にスリリング。立て板に水で、急き立てるように戦況を伝えていくあの臨場感。独特のしわがれ声を聞くだけで、アドレナリンが出るファンもいるだろう。
ツールだけでなく、年間200日も自転車ロードレースの会場でアナウンサーを務める彼は、選手の顔を覚える機会には恵まれている。しかし、シーズンオフの冬季には、分厚いデータブックを徹底的に暗記し、反射的に連呼できる訓練を徹底的に積んでいる。そんな陰の努力は並大抵ではない。
2009年、60才になったとき、「2013年のツール100回記念を最後に引退しようかな」、などと口にしていた。暗記力の維持は、骨の折れる仕事に違いない。
しかし、とくに最終日、あの声が聞かれなくなるのは実に寂しい。シャンゼリゼ大通りにこだまする彼の「さようなら、また来年!」の声は、哀愁を帯び、3週間の激闘が幕を閉じたことを、しみじみと実感する。
※本企画は2013年6月に実施されたものです。現在と情報が異なる場合がございますが、予めご了承ください。
写真 Thomas Ducroquet (Own work) [GFDL or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0] via Wikimedia Commons