ツール・ド・フランスとは

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ツール・ド・フランスとは

ツールがやってきた



ツール・ド・フランスとは

ロードバイクでフランス一周!ツール・ド・フランスとは



賞金は億超え!


2025年の賞金総額は230万ユーロ(約4億円)個人総合優勝賞金は50万ユーロ(約8700万円)だが、マイヨ・ジョーヌ着用やステージ優勝などにも賞金が提供されるので総合優勝者の獲得した金額は当然それ以上になる。ただしサイクルロードレースはチームプレーで栄冠を目指すスポーツなので、エースを勝たせるためにアシスト選手は自らの成績を犠牲にしてサポートする。そのため、チームが獲得したすべての賞金をチーム内で均等に配分する習わしがある。もちろん貢献度により多少の増減もあるはずだが、頑張ったアシスト選手の努力の対価として「せめておカネだけでも」という慣例なのだ。


総距離は3000km以上!


ツール・ド・フランスという言葉は、「フランス一周」という意味。その名の通り、最初の50年余りは円を描きつつ、忠実にフランスを一周していた。2025年の総距離は3320km。33kmと10.9kmの個人タイムトライアルがあり、集団スタートのステージは平均すると約173.4km。1903年の第1回大会は総距離2428kmで、第4回大会は4637kmと一気に距離が伸びた。1920年代は5500km前後を走ったが、近年は3500km前後に。距離が短くなったことで高速化されたこともあり、過酷さという点では変わらない。近年の傾向としては、2回の休息日に大移動をせず、その前後のステージを含めてしっかりと1都市に滞在することだ。今回は伝説級の巨大峠アルプ・デュエズが2日連続がコースに含まれていて、総獲得標高は5万4450mというから恐ろしい!


ツール・ド・フランスのルールは?


最も価値のあるのが個人総合時間賞。ステージごとに全選手が一斉にスタートするのが基本で、ゴールまでの所要時間を計測。個人タイムトライアルは1人ずつスタートし、その所要時間を計測。その日終わって個人総合時間が最も少ない選手が首位となり、表彰式でマイヨ・ジョーヌを着用する。それ以外にもポイント賞山岳賞ヤングライダー賞がある。ステージをトップフィニッシュした選手はステージ優勝。チームの総合成績で順位を決めるチーム賞もある。敢闘賞は各ステージで最も果敢に走った選手に与えられるもので、選考委員の主観も介在することからルールが設定された記録とは性質の異なる存在。


 



これまで4人が出場!日本人選手の活躍【一覧】



川室競
1926年、1927年 1926年に日本人初のツール参戦を果たした。当時フランス在住で、1927年にも出場したがいずれも第1ステージで棄権し、完走は叶わなかった。その後、欧州でオートバイペーサー付き自転車競技ドミフォンの選手として活動を続けたという。
今中大介
1996年 1994年に渡欧し、数々の大きな大会に挑戦し、渡欧2年目で「ツール・ド・フランス」に出場。川室氏が出場したいた当時はルール等が近代のように整備されていなかったこともあり、今中氏は「日本人で初めて近代ツールを走った人物」とも言われている。
別府史之
2009年 2005年に日本人初のUCIプロツール選手となり、2008年にアジアチャンピオンタイトルを獲得。北京オリンピック出場を果たし、2009年に日本人として13 年ぶりとなるツール・ド・フランス出場。最終第21ステージで「敢闘賞」を獲得し、日本人初の完走も同時に果たした。
新城幸也
2009年〜2013年、2016年 別府史之氏と共に日本選手として13年ぶりにツール・ド・フランスに出場し、完走を果たした選手の一人に。2012年のツール・ド・フランスでは第4ステージで敢闘賞を獲得し、日本人で初めてグランツールの表彰台に上がった。2024年に開催されたパリ五輪は56位で見事に完走。



見どころまとめ!


いつもの道が巨大なスポーツスタジアムに

毎年7月の3週間、フランスの町や村が黄色に染まり、いつもの道が巨大なスポーツスタジアムに変わる。総距離3300kmを超える長いコース沿道には、トータル1500万もの観衆が詰めかけ、地球上190カ国のファンが、テレビ画面越しに英雄たちを見つめる。1903年にパリで産声を上げたツール・ド・フランスは、この夏もまた、我々の心を震わせる。

イタリアで5月に開催されるジロ・デ・イタリア、スペインで8月後半に開幕するブエルタ・ア・エスパーニャと合わせて、自転車ロードレース界最高峰の3大大会「グランツール」のひとつに数えられる。中でも最も歴史の古いツール・ド・フランスこそが、間違いなく、世界で最も威厳の高いステージレース。またオリンピック、サッカーワールドカップと並び、世界最大級のスポーツイベントとしても名を馳せる。

2026年ツール・ド・フランスの見どころ

アントニ・ガウディの没後100年。その遺作サグラダ・ファミリアの主塔が、ついに完成の時を迎えた2026年──。第113回ツール・ド・フランスのプロトンが、バルセロナから3週間の戦いへと走り出す。世界最大の自転車レースが外国からスタートするのは2年ぶり27回目で、スペインは1992年サン・セバスティアン、2023年ビルバオに続いて3回目のツール開幕を祝う。

1929年万国博覧会や1992年夏季五輪の会場となったモンジュイックの丘は、2026年7月、2日間にわたってグランデパールのメイン会場を務める。初日はチームタイムトライアルのフィニッシュ地として、今大会最初のマイヨ・ジョーヌ着用者を選び出す。2日目は起伏に富んだ周回コースで、総合有力勢たちを早くも直接対決へと駆り立てるだろう。

大会初日にチームタイムトライアルが行われるのは実に55年ぶり。全長26.1kmの個人タイムトライアルも、第16ステージに組み込まれた。ピュアスプリンターたちの出番は、少なくとも5日目まで待たされることになりそうだ。それでも全21ステージの3分の1が、「平坦ステージ」に区分されている。

中級山岳ステージは4回、本格的な山岳ステージは全部で8回

またバルセロナでの第2ステージを含めて、中級山岳ステージは4回。本格的な山岳ステージは、全部で8回用意された。しかもスペインに別れを告げ、大会の本拠地フランスへと入る3日目に、いきなりピレネー越えが待ち受ける。主催者発表によれば山頂フィニッシュは5回(第6、15、18、19、20ステージ)。ただ1日目のTTTが4級フィニッシュ、2日目が急坂フィニッシュ、3日目は3級フィニッシュと、実際は大会序盤から容赦なく選手たちの登坂力が試される。

とはいえ第3ステージの後、改めて第6ステージでアスパンやトゥルマレといった伝統の巨大峠に挑むものの、3週間全体を見渡せばピレネーは単なる足慣らしにすぎない。今大会のテーマはずばり「クレシェンド」。中央山塊、ヴォージュ山脈、ジュラ山脈、そして最終盤のアルプス山脈へと舞台を移しながら、レースは文字通り「だんだん強度を増していく」。最終的な累積獲得標高は54450mにも達する。

タデイ・ポガチャルの総合5勝への挑戦

タデイ・ポガチャルの総合5勝への挑戦もまた、2026年大会の大きなテーマのひとつ。ただジャック・アンクティル、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲル・インドゥラインに続く史上5人目の「5勝倶楽部」入りへの道には、数々の試練が待ち受ける。

大会2週目は、最大のライバル、ヨナス・ヴィンゲゴーハンセンの影を振り払わねばならない。第10ステージのル・リオランは、2年前に両者が一騎打ちを演じ、最終的にはスプリントで破れた場所。さらに第15ステージのプラトー・ド・ソレゾン超級フィニッシュは、ツール初登場ながら、2年前のクリテリウム・デュ・ドーフィネ(現ツール・オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ)でやはりヴィンゲゴーが制した山だ。

大会3週目のポガチャルは、ツールの壮大な歴史そのものにも立ち向かう。第18ステージのオルシエール・メルレットは、メルクスが宿敵ルイス・オカニャに打ち負かされた地として語り継がれている。なによりアルプ・デュエズには、王者として最後まで抗い続けたイノーがついに敗北を受け入れ、後継者グレッグ・レモンと手を取り合ってフィニッシュした記憶が刻まれている。

2日連続アルプ・デュエズでクライマックス

そのアルプ・デュエズで、クレシェンドを描いてきた2026年ツール・ド・フランスは、ついにクライマックスに達する。しかも1962年にツール史上初の「山頂フィニッシュ」の舞台となり、2013年の第100回大会では1ステージで2回登坂されたアルプスの名峰が、今年は史上初めて、2日連続で戦いの審判を下す。

第19ステージは、いわゆる表側から挑む。おなじみの「21のヘアピンカーブ」を埋め尽くす熱狂の中で、凄まじい死闘が繰り広げられる。だが本当の決戦はその翌日だ。開催委員長クリスティアン・プリュドムの言葉を借りれば、たとえ3分のリードを持って第20ステージの朝を迎えたとしても、マイヨ・ジョーヌ争いはいまだ終わったとは断言できない──。

3週間にわたり積み上げてきた努力も、長年抱き続けてきた野望も、すべてがこの1日に凝縮される。超級クロワドフェール、超級ガリビエ、超級サレンヌを超えた先で、選手たちは史上初めて、裏側からアルプ・デュエズの山頂へと駆け上がる。第20ステージこそが、正真正銘、2026年大会の最難関「クイーンステージ」。パリ到着の24時間前に、ついにマイヨ・ジョーヌに真にふさわしい者が決せられる。

今年もモンマルトルを経てシャンゼリゼ大通りで大団円

そして全長3321.2kmの長旅は、今年もシャンゼリゼ大通りで大団円を迎える。昨夏初めてコースに組み込まれた、モンマルトルの石畳の坂道も、再びレースのフィナーレを華やかに彩る。

text:宮本あさか






日本で開催!「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」も注目


埼玉県さいたま市で開催されている自転車競技のロードレース大会で、2013年にツール・ド・フランス100回を記念してスタート。夏の本大会入賞者・チームや、国内選手・チームが集まり、さいたま新都心の道路を封鎖して特設コースを走行する。最初の大会はクリス・フルーム(イギリス)が圧倒的な強さを見せ総合優勝を果たし、これまで数々のスター選手が活躍を見せた。2019年には新城幸也、2025年はヴィンゲゴーが優勝している。2026年も11月に開催されることが発表されている。


 

さいたまクリテリウム」




ツール・ド・フランス 歴代優勝者

第1回
1903年 モリス・ガラン (FRA)
第2回
1904年 アンリ・コルネ (FRA)
第3回
1905年 ルイ・トゥルスリエ (FRA)
第4回
1906年 ルネ・ポティエ (FRA)
第5回
1907年 ルシアン・プティブルトン (FRA)
第6回
1908年 ルシアン・プティブルトン (FRA)
第7回
1909年 フランソワ・ファベール (LUX)
第8回
1910年 オクタブ・ラピーズ (FRA)
第9回
1911年 ギュスタヴ・ガリグー (FRA)
第10回
1912年 オディル・ドフレイエ (BEL)
第11回
1913年 フィリップ・ティス (BEL)
第12回
1914年 フィリップ・ティス (BEL)
第13回
1919年 フィルマン・ランボー (BEL)
第14回
1920年 フィリップ・ティス (BEL)
第15回
1921年 レオン・シウール (BEL)
第16回
1922年 フィルマン・ランボー (BEL)
第17回
1923年 アンリ・ペリシエ (FRA)
第18回
11924年 オッタビオ・ボテッキア (ITA)
第19回
1925年 オッタビオ・ボテッキア (ITA)
第20回
1926年 ルシアン・ビュイス (BEL)
第21回
1927年 ニコラ・フランツ (LUX)
第22回
1928年 ニコラ・フランツ (LUX)
第23回
1929年 モリス・デワール (BEL)
第24回
1930年 アンドレ・ルデュック (FRA)
第25回
1931年 アントナン・マーニュ (FRA)
第26回
1932年 アンドレ・ルデュック (FRA)
第27回
1933年 ジョルジュ・スペシェ (FRA)
第28回
1934年 アントナン・マーニュ (FRA)
第29回
1935年 ロマン・マース (BEL)
第30回
1936年 シルベール・マース (BEL)
第31回
1937年 ロジェ・ラペビー (FRA)
第32回
1938年 ジーノ・バルタリ (ITA)
第33回
1939年 シルベール・マース (BEL)
第34回
1947年 ジャン・ロビック (FRA)
第35回
1948年 ジーノ・バルタリ (ITA)
第36回
1949年 ファウスト・コッピ (ITA)
第37回
1950年 フェルディナント・キュプラー (SUI)
第38回
1951年 ユーゴ・コブレ (SUI)
第39回
1952年 ファウスト・コッピ (ITA)
第40回
1953年 ルイゾン・ボベ (FRA)
第41回
1954年 ルイゾン・ボベ (FRA)
第42回
1955年 ルイゾン・ボベ (FRA)
第43回
1956年 ロジェ・ワルコビャック (FRA)
第44回
1957年 ジャック・アンクティル (FRA)
第45回
1958年 シャルリー・ゴール (LUX)
第46回
1959年 フェデリコ・バーモンテス (ESP)
第47回
1960年 ガストネ・ネンチーニ (ITA)
第48回
1961年 ジャック・アンクティル (FRA)
第49回
1962年 ジャック・アンクティル (FRA)
第50回
1963年 ジャック・アンクティル (FRA)
第51回
1964年 ジャック・アンクティル (FRA)
第52回
1965年 フェリーチェ・ジモンディ (ITA)
第53回
1966年 ルシアン・エマール (FRA)
第54回
1967年 ロジェ・パンジョン (FRA)
第55回
1968年 ヤン・ヤンセン (NED)
第56回
1969年 エディ・メルクス (BEL)
第57回
1970年 エディ・メルクス (BEL)
第58回
1971年 エディ・メルクス (BEL)
第59回
1972年 エディ・メルクス (BEL)
第60回
1973年 ルイス・オカーニャ (ESP)
第61回
1974年 エディ・メルクス (BEL)
第62回
1975年 ベルナール・テヴネ (FRA)
第63回
1976年 ルシアン・ファンインプ (BEL)
第64回
1977年 ベルナール・テヴネ (FRA)
第65回
1978年 ベルナール・イノー (FRA)
第66回
1979年 ベルナール・イノー (FRA)
第67回
1980年 ヨープ・ズートメルク (NED)
第68回
1981年 ベルナール・イノー (FRA)
第69回
1982年 ベルナール・イノー (FRA)
第70回
1983年 ローラン・フィニョン (FRA)
第71回
1984年 ローラン・フィニョン (FRA)
第72回
1985年 ベルナール・イノー (FRA)
第73回
1986年 グレッグ・レモン (USA)
第74回
1987年 ステファン・ロシュ (IRL)
第75回
1988年 ペドロ・デルガド (ESP)
第76回
1989年 グレッグ・レモン (USA)
第77回
1990年 グレッグ・レモン (USA)
第78回
1991年 ミゲル・インドゥライン (ESP)
第79回
1992年 ミゲル・インドゥライン (ESP)
第80回
1993年 ミゲル・インドゥライン (ESP)
第81回
1994年 ミゲル・インドゥライン (ESP)
第82回
1995年 ミゲル・インドゥライン (ESP)
第83回
1996年 ビャルヌ・リース (DEN)
第84回
1997年 ヤン・ウルリッヒ (GER)
第85回
1998年 マルコ・パンターニ (ITA)
第93回
2006年 オスカル・ペレイロ (ESP)
第94回
2007年 アルベルト・コンタドール (ESP)
第95回
2008年 カルロス・サストレ (ESP)
第96回
2009年 アルベルト・コンタドール (ESP)
第97回
2010年 アンディ・シュレク (LUX)
第98回
2011年 カデル・エヴァンス (AUS)
第99回
2012年 ブラッドリー・ウィギンス (GBR)
第100回
2013年 クリス・フルーム (GBR)
第101回
2014年 ヴィンチェンツォ・ニバリ (ITA)
第102回
2015年 クリス・フルーム (GBR)
第103回
2016年 クリス・フルーム (GBR)
第104回
2017年 クリス・フルーム (GBR)
第105回
2018年 ゲラント・トーマス (GBR)
第106回
2019年 エガン・ベルナル (COL)
第107回
2020年 タデイ・ポガチャル (SLO)
第108回
2021年 タデイ・ポガチャル (SLO)
第109回
2022年 ヨナス・ヴィンゲゴー (DEN)
第110回
2023年 ヨナス・ヴィンゲゴー (DEN)
第111回
2024年 タデイ・ポガチャル (SLO)
第112回
2025年 タデイ・ポガチャル (SLO)

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