ロマン・バルデ

Romain BARDET

プロフィール

チーム
チーム ピクニック・ポストNL
生年月日
1990/11/9
選手タイプ(脚質)
クライマー
身長
184cm
国籍
フランス
主な戦績1
ツール・ド・フランス山岳賞(2019)
主な戦績2
ブエルタ・ア・エスパーニャ区間1勝
主な戦績3
クリテリウム・デュ・ドーフィネ区間1勝

コメント

フランスの山岳スペシャリスト。2016ツール・ド・フランス総合2位、2017年同3位、2019年に山岳王。実は2015年に大学院学位を取得するまで、プロライダーと学生との二刀流でレースに出場していた。2025年6月に生まれ故郷で開催されるレースで引退する。

◆国民の期待を背負ったインテリライダー

2012年にプロデビューしたバルデは端正な風貌と女性モデルのように細身の身体が特徴の人気選手だ。1985年を最後にフランス選手はツール・ド・フランスの総合優勝から遠ざかっていて、バルデに大きな期待がかかった。

「僕がツール・ド・フランスで勝つ。それ以外はあり得ない」。2019年、バルデは断言した。ツール・ド・フランスに挑み続けて表彰台にも2度上った。

ただし初めて本気で優勝を狙った2018年の夏は不完全燃焼のまま6位で終了。4年ぶりに区間勝利も逃した。東欧や南米勢などの躍進に、マイヨ・ジョーヌをパリで着用することはなかった。

◆変化を求めた2020年

フランス国民はイノー以来のツール・ド・フランス総合優勝者になることを期待し、当時所属していたチームからは、ひたすらツール・ド・フランスの3週間のために生きることを求められた。

9年連続で出場していたツール・ド・フランスを欠場し、人生初めてのジロ・デ・イタリアに出場することに決めたのが2020年。自身の成長のために変化を求めた。下部育成組織の2年を含む通算11年間過ごしてきたフランスチームにも2020年末で別れを告げた。

オランダのDSMに移籍した2021年は、なんと1日もフランス国内でレースを走らなかった。毎年課されてきたグランツール総合エースの立場からも降りた。「将来はツール・ド・フランス開催委員長」との呼び声高く、常にフランスメディアからコメントを求められてきたインテリは、オフには6週間にわたって完全に外界を遮断した。

◆夢に見たマイヨ・ジョーヌをラストチャンスで獲得

そして2024年。春先のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは圧倒的な強さを誇るポガチャルに続いて2位となり、満足感から涙が頰を伝った。ジロ・デ・イタリアでも区間上位であることに満足な表情でフィニッシュした。

すでに引退することを決めていた。2025年6月に生まれ故郷で開催されるクリテリウム・デュ・ドーフィネでやめる。だからツール・ド・フランスを走るのは2024年が最後だった。

そして大会初日、若いチームメートのファンデンブルークとの2人逃げを決め、バルデがフィニッシュラインで先を譲ってもらい7年ぶり4度目のステージ優勝を飾った。当然初日だからトップフィニッシュの選手が総合成績でも1位となり、初めてマイヨ・ジョーヌを獲得したのである。

「たった1日でもいいからマイヨ・ジョーヌを着たい」というバルデの夢がついにかなった瞬間だった。

◆ロードレースからの卒業とグラベルへの転向

現役最終年として迎えた2025年。最後のロード・グランツールとなったジロ・デ・イタリアでは、第17ステージの過酷な山岳区間で2位に食い込み、引退間近とは思えぬ衰え知らずの登坂力を披露した。そして6月、自らの原点であり、生まれ故郷を走るクリテリウム・デュ・ドーフィネにて、多くのファンに惜しまれつつ14年のプロロードレーサー生活にピリオドを打った。ロードレース引退後、彼はすぐさまグラベルの世界へと戦いの場を移した。チーム・ピクニック・ポストNLが新たに発足させたグラベル部門において、その豊富な経験を活かしてプロジェクトを牽引する中心的な役割を担うこととなった。持ち前の知性と持久力を武器に、未舗装路を駆け抜けるバルデの新しい挑戦は、再び世界のサイクルファンを魅了している。



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