ルール解説
スポーツクライミングとは?
スポーツクライミングとは、天然の岩を登るロッククライミングと対比して、より競技性を高め、セッティングさせたホールドと呼ばれる人工の石をたどって登っていくクラミングスタイルです。東京五輪に正式採用されたのを機に『競技名』として認知されるようになりました。スピード、ボルダリング、リードの3種目あり、ワールドカップや世界選手権などではそれぞれ単種目ごと、またはボルダー&リードの2種目複合で競われます。パリ五輪ではスピード単種目とボルダー&リード複合でメダルを争います。ちなみに英語の表記は『sport climbing』スポートクライミングですので、『スポーツクライミング』は和製英語になりますのでご注意を。
【ルール解説】スポーツクライミングとは?スピード、ボルダー、リード各種目ごとに紹介!
各種目のルール・見どころ
スピード
スピードとは、『いかに速く登れるか』をトーナメント勝ち抜き方式で競われる。高さ15m、95度に前傾した壁に、星芒形(せいぼうけい)のハンドホールドと半球形のフットホールドが決められた位置、角度に配置されている。選手は、手順足順を1ミリ1度の単位で洗練させ、タイムを縮めるトレーニングを相当量積んだ上で競技に挑んでいる。トーナメント相手より0,001秒でも遅くても負け、途中で落ちても負け、フライングしても一発で失格、という緊迫した状況の中、たった数秒に全競技人生をかけスタートに立つ。選手の心臓の音がこちらにも聞こえて来るほどの、スタート前の一瞬の静寂と鋭く次のホールドを見つめる姿に、観ている側も自然と呼吸が速くなり手に汗握る。2022年7月現在、世界記録は5.00秒となり、人類初の4秒台は誰になるのかも大注目である。
ボルダリング
ボルダリングとは、高さ4m程度の壁を制限時間内で『いくつ登れるか』を競う。様々な傾斜の壁にホールドが配置されたコースは特に『課題』と呼んでいる。予選・準決勝は5課題を各5分間、決勝では4課題を各4分間のトライで挑む。決勝では競技前にオブザベーションタイムと呼ばれる下見の時間が与えられ、選手たちが相談しながら攻略法を考える。目の前の難題に競技者全員で解き明かそうとする様子は、単なるライバルという存在を超えた、選手同士の絆、信頼を垣間見ることができる。
ゴールは、ホールドを両手でしっかり保持すれば完登。スタートからゴールの間にゾーンと呼ばれるボーナスポイントがひとつあり、それが保持できたかどうかでも、同じ完登数だった場合は、勝負の分かれ目となる。
時間内なら何回でもトライできるが、同じ完登数、同じゾーン数の場合、トライが少なければ順位が上がる。選手は課題という”謎解き”をパワー、バランス、テクニックを駆使し、手順足順をいかに攻略していくか?が問われる。選手のアクロバティックで華やかな動きや登り方で、謎が解き明かされていく爽快感が見て味わえる。
リード
リードとは、高さ15m以上のコースを6分の制限時間内に『どの地点まで登れるか』を競う。事前に6分のオブザベーションと呼ばれる下見が設けられ、双眼鏡を使って上部のホールドまで細かく観察し、40手ほどのホールドの手順を頭にインプットしていく。傾斜は高さを増すごとに強くなり、上部は持ちにくいホールドで、選手の体力と保持を限界まで奪う。一度でも落ちてしまえば、そこまでの記録となり、一発勝負の緊張感と持久力が試される。選手はハーネスにロープを装着し、カラビナにロープをかけることで安全確保をしながら登っていくが、どのタイミングでかけるかも選手の作戦のうちとなる。同じ地点のホールドでも、手が引っ掛かって落ちたか、保持して落ちたかの、ほんの僅かな違いで順位が変わってしまうため、最後の1ミリまで力を振り絞り、頭をフル回転させて登っていく選手の極限的な姿に思わず息を呑んでしまうだろう。全く同地点の判定だった場合、前ラウンドのカウントバック、1〜3位の決着に関しては、カウントバックしても同着の場合、早いタイムの選手が上位となり、単なる持久力だけでは済まされない切羽詰まる戦いにも制さなければならない。
ボルダー&リード
ボルダー&リードとは、ボルダー(ボルダリング)とリードの2種目複合のことで、2024パリオリンピックでは、このボルダー&リードとスピードでそれぞれメダルが競われる。ボルダー、リードでそれぞれ最大100ポイントを獲得でき、その合計200のうち最も高いポイントの選手が優勝となる。ボルダリングでは1つしかなかったゾーンが2つに増え、最初のゾーン獲得で5ポイント、2つ目のゾーン獲得で合計10ポイント、1完登で合計25ポイントの全4課題に挑む。トライ数に応じて0.1ポイント減点されていく。リードはトップホールドから10手まで1手につき4ポイント、それより下10手は3ポイント、さらにその下10手は2ポイント、さらに下10手1ポイントが加算される。トップに近づけば加算されるポイントが大きい。同高度で有効な保持が認められて+判定になった場合、0.1ポイント加算。40手目より下部はどれだけ登っても0ポイントとなる。総合力が要求される上、オリンピックに向けたこの新ルールをいかにものにし、戦略的にこなすかが勝負の分かれ目となる。
(初心者向け)絶対覚えておきたいワード集
基本用語編
ホールド
壁に取り付けられた登るための人工の石や箱こと。 指先しか引っ掛けられない小さいものから、抱えきれないほどの大きなものまで、色とりどりのホールドが配置され、選手は手順足順を考えながら登っていく。
ムーブ
身体のバランスをうまく使って登っていくための技や身のこなし方、テクニック。選手はホールドの配置によってムーブを考えトライしていく。どんなに強い選手でも、ムーブが思いつかなかったり間違っていたりすると登れないこともある。たったひとつのムーブにより下剋上が起こってしまうほど、身体能力以外に非常に重要な頭脳的要素。
ガンバ
スポーツクライミングにおける応援の掛け声。観戦者は選手の登りのヒントになるような言葉、例えば「次の持ちにくい右手、しっかり持って!」など発してはいけないため、「ガンバ」以外の掛け声は控えておいた方がいい。選手が登り始める時や苦しそうな場面でぜひ大きな声で応援したい。
ホールド編
カチ
指先程度の厚みしかない小さいホールド。選手は、指先を立てるようにして握り締めたり、2、3本の指の先だけでひっかけたりして攻略していく。岩場をよく登っている選手は得意なことが多い。
スローパー
丸みを帯びたホールド。選手たちは手のひら全部を使ってホールドに密着させるだけでなく、体全体を使って抑え込んだりもする。スローパーとカチ、得意不得意が大きく2つに分かれるところ。
ポケット
穴の開いたホールド。小さなポケットホールドは、2本ないし3本の指を入れ保持をする。指に負荷が掛かりやすく嫌がる選手も多い。穴に入れる命中力も必要。安全上、1本しか入らない指のポケットは大会では使用されない。
ボリューム
非常に大きな、丸みあるホールド。大きいので、どこを持てば一番持ちやすいか、どこに足を置けば滑りにくいかなど、見極めも選手にとって考えどころとなる。
ハリボテ
箱上の大きなホールド。ハリボテをつけることで、カンテやリップ、凹角(※別述)のような役割を担い、立体的な動きを要求され、オザベーションの際に混乱をもたらせる。選手の体力を奪い、ムーブを悩ませたりする。
ガバ
一番持ちやすいホールド。大きくえぐれている部分が指でしっかりとかかる。しかし、たとえ小さいホールドや持ちにくいホールドだとしても、人によってガバと感じれば、それはカチやスローパーでなく『ガバ』と表現することもある。我々にとっては持ちにくくても選手にとってはガバなのだ。
壁の形状編
スラブ
90度より傾斜が緩い壁。選手には、持ちにくいホールドの処理やバランス、コーディネーション(※後述)を要求されることが多い。0度の垂壁と100度程度の傾斜くらいまでを『緩傾斜』(かんけいしゃ)ともいう。
オーバーハング
圧迫感を感じさせるほど手前に傾いた傾斜の壁。『強傾斜』(きょうけいしゃ)ともいう。ホールドは比較的持ちやすくなるが、選手にはパワーを要求される。
カンテ
壁の縦方向の端、縁。カンテをうまく使って攻略出来るかも勝負の分かれ目。
リップ
壁の横方向の端、縁、または強傾斜から緩傾斜に変わる境目。傾斜の変わり目は身体がはがれやすく選手にとって落ちどころとなることが多い。
凹角
壁が凹んでいるところ。選手は右壁と左壁に手足を開く柔軟性や立体的な動きが要求される。
ルール編
オブザベーション
コースを下見して、手順足順やムーブをイメージすること。ボルダリングの決勝やリードでは選手同士でムーブを相談することもできる。選手は、オブザベーションで7割程度のイメージができ、3割は他の選択肢、現場処理などで対応して登っていくことが多い。オブザベーションが上手くいけばより楽に登ることができるが、イメージと違っていた場合、いかに固執せず別の選択肢を考え直すかが戦略のうちになる。
完登
ボルダリングでは、TOPと記されたホールドにしっかりと両手で保持したり、安定した姿勢で両手が触れればゴール、つまり完登となる。リードでは、TOPと記されたホールドの両手で保持した後、ゴールのカラビナにロープを引っ掛けることで完登となる。スピードでは、タイマーにタッチして時間がきちんと表記されなければ、フォール、つまり落ちたこととなりタイムが記録されない。選手はライバルよりも何より、自身の完登を見据えていつもトライしている。
アテンプト
ボルダリングにおけるトライした数。アテンプトは、完登数とゾーン数が全く同じで同着となっている場合、アテンプトが少ない方の順位が上となる。なるべく少ないアテンプトで登ることで体力温存にもなり、無駄なトライをなるべく少なく登ることに、選手は気をつけている。
カウントバック
順位の決定方法の一つ。同着になった場合、前ラウンドつまり、決勝ならば準決勝、準決勝ならば予選の成績が優位となる。つまり、予選や準決勝でミスしてしまったり、力をセーブしすぎたりして決勝に臨んでしまうと、思わぬ結果を招くことも多々あり、選手はどのラウンドも抜かりなく戦っていく。
ムーブ編
デッドポイント
ホールドが悪く、不安定な体勢の時に、せーの!と言った感じで体のたわみを使って取りに行くムーブ。デッドポイントを制するものがクライミングを制すると言うほど、1番の落ちどころ。時に一か八かの思い切りも必要となる。
コーディネーション
動きが止まったりしっかり保持することなく、連続した動きで2個以上先のホールドを目指したり、手と足技と同時に繰り出すアクロバティックな要素が多いムーブ。観客側も見応えがあり、成功した時には思わず歓声があがり、拍手が鳴り響く。
ランジ
大きく体を振ってジャンプするムーブ。次のホールドを補助的に使って、2個先のホールドをジャンプして目指すコーディネーションと違うが、1回のジャンプで次のホールドをしっかり保持して止める場合のことを言う。ジャンプの飛距離や止めた時の身体の振られにいかに耐えられるかが見どころ。
マントリング
足技ムーブ編
トウフック
足の甲で引っ掛ける足技ムーブ。身体がパツンパツンで伸び切ってしまうような時に、身体のバランスを安定させるために使う。トウフックが使えた時は安定するが、外さないと次のムーブが繰り出せないため、外す時にバランスが崩れて落ちどころとなることも多い。
ヒールフック
スメアリング
ホールドに乗せずに、壁に足をあてがること。スメアリングがおろそかになると一気に腕の負荷が大きくなってしまう。ホールドに乗せていない足のバランスの取り方や、いかに壁自体の摩擦をうまく使って登っていくかも選手のうまさ、強さに繋がっている。 また、足の裏面でホールドを押さえつけるように乗せることもスメアリングという。
持ち方編
ガストン
アンダー
カチ持ち
(中級者向け)知っているともっと楽しめるワード集
ムーブ編
フォギュアフォー
足場がない時に、腕に足を絡ませて引っ掛けることで体を持ち上げ、次のホールドを取るムーブ。不思議な身体の使い方であるが、使える場所がかなり限られているため、たまにしか出くわさない技なので、使ったときは「なるほどそこで使うか!」と思わず膝を打つ。
ニーバー
つま先と膝をホールドとホールドの間で突っ張り、膝をホールドに当てがることで下半身を安定させるムーブ。時に両手が離せるほど下半身が安定することもあり、選手が腕を振って筋肉の張りをとるレストポイントになったりするので、ホッと一息つける。
キョン
番外編
核心
ボルダリングやリードにおけるコースの一番難しいところ。一番の落ちどころ。オブザベーションの段階で核心だと想像していたとしても、実際にトライしてみると思いもよらぬところが核心だったということも多々ある。核心を見極め越えていくことで表彰台が見えて来る。
レスト
主にリードにおける、片手を離してパンパンに張った腕を振ることで筋肉を回復させる小休止。持久戦のリードでは、どこでレストを入れるかも戦略のうち。選手は呼吸を整えて、これから突入する上部のオブザベーションをレストしながら行なっている。難しいルートになるとレストする場所もほとんどなくなってくる。
ルートセッター
特にボルダリング、リードにおいてホールドをどのように配置するか考える職人。いかに選手を上手に順位分けできるコースを作るかが腕の見せどころでもある。その一方で、今までやったことのないような動き、より考えないと解き明かされない動きなど、選手が登っていて面白いと思えたり、観客が見ていてワクワクしたりするようなコースを常に考えて配置している。スポーツクライミングは自分自身との戦い、ライバルとの戦い、そしてルートセッターとの戦いでもある。
text・イラスト:尾川とも子