EWCの楽しみ方
今年で45回目の開催を迎える「鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)」を含むオートバイ耐久シリーズ、それが「FIM世界耐久選手権(FIM EWC)」。
24時間レースが年に2回も開催され、真夏のスプリント耐久と呼ばれる「鈴鹿8耐」の全4戦で開催される世界選手権レースだ。近年は日本のトップチームが年間でシリーズ参戦するなど、年を追うごとに注目度が上がっている。
このページではFIM EWCの魅力、知っておくべきポイントをご紹介していこう。
年々ステータスが向上するFIM EWC
オートバイの耐久レースがシリーズ化されて「FIM世界耐久選手権(FIM EWC)」が誕生したのは1978年。1949年に始まった「ロードレース世界選手権」(MotoGP/グランプリ)が今年で74年の歴史があるのに比べると、FIM EWCは誕生からまだ45年ほど。シリーズ戦としての歴史は意外にも短い。
しかし、シリーズ発足以前からフランスを中心に耐久レースは行われていた。その中心となっていたのは「ボルドール(Bol’dor)」と呼ばれる格式高いオートバイ耐久レース。Bol’dorとはフランス語で金杯(ゴールデンカップ)を意味する言葉で、1922年の初開催から100周年を迎えた伝統のレースイベントである。FIM EWCはフランスのオートバイ競技ナンバーワンを決めるイベント「ボルドール」を中心に世界選手権としてシリーズ化された選手権なのだ。日本の「鈴鹿8耐」は1980年(第3回大会)からシリーズに組み込まれている。
今季は「ル・マン24時間」(フランス)」、「スパ8時間(ベルギー)」「ボルドール24時間」(ポールリカール/フランス)」、そして「鈴鹿8時間」の4戦が開催。近年は全4戦のシリーズになっているが、「ル・マン24時間」と「ボルドール24時間」というフランスの2つの24時間レースが外されないことからも、フランスの耐久レース文化がベースになっているのがよく分かる。
そのため2000年代までのFIM EWCは世界選手権でありながらフランスのローカル色が強いシリーズだった。MotoGPやスーパーバイク世界選手権(WSBK)などグローバルな人気を獲得しているシリーズと比べると、FIM EWCはフランスが中心。日本では鈴鹿8耐が人気だが、鈴鹿で優勝を争うのはスポット参戦する日本のトップチームばかりで、10チームほど来日するチームの目標はあくまで完走狙い。観客が鈴鹿8耐を世界選手権の1戦として意識する要素はあまりなく、ちょっと異質な世界選手権シリーズだった。
そんなシリーズの雰囲気が変わってきたのが2010年代になってから。ヨーロッパのスポーツ局「ワーナーブロス・ディスカバリースポーツ(当時ユーロスポーツ)」がFIM EWCのプロモーターに就任し、鈴鹿8耐を含む全戦をテレビで生中継し、グローバル化を進めてきたのだ。2016年からは鈴鹿8耐ウイナーの「TSR」や「トリックスター」が参戦。さらにフランスの名門チーム「SERT」と組んで「ヨシムラ」も参戦を始めるなど、長年ヨーロッパのローカルシリーズの域を出なかったFIM EWCは近年劇的に変わってきている。
市販車ベースながら、マルチメイクで面白い!
FIM EWCに出場する車両は排気量約1000ccの市販スポーツバイクをベースにした、いわゆるスーパーバイクと呼ばれるカテゴリーのマシンだ。信頼性が何より重要な耐久レースにおいてはホンダ、スズキ、ヤマハ、カワサキなど日本のバイクが強みを発揮する。しかし、近年はBMWの台数が増加し、日本製以外のバイクで戦うチームも増えてきた。
クラスは「EWC」クラスと「SST」クラスがある。両クラスに排気量の差などはなく、基本的にベース車両は同じ。ただ改造範囲が異なるため、それぞれのチーム規模に合わせたクラスを選んで参戦することになる。
まず「EWC」クラスは総合優勝を争うメインクラスとなる。基本的には全日本ロードレースの最高峰クラス「JSB1000」クラスとほぼ同じ規定になっており、エンジンの性能アップが可能であるほか、フロントフォーク、スイングアーム、ブレーキ、マフラーなど市販車から改造できる範囲が広く取られている。
チームとして独自のパーツを導入することやエンジン開発を行うことも可能であるし、開発の自由度の高さから鈴鹿8耐にはメーカーがファクトリーチーム(=ワークスチーム)を率いて参戦するのが恒例。ドイツのBMWはファクトリー体制で年間参戦している。ちなみに「世界選手権」としてのタイトルは「EWC」クラスにかけられており、ワールドチャンピオンを名乗れるのは同クラスのチームだけだ。
そして、「SST」クラスは「スーパーストック」とも呼ばれるクラスで、世界選手権ではなく「ワールドカップ」というタイトルをかけて戦う。近年は鈴鹿8耐以外の3戦で争われるシリーズだったが、2024年は鈴鹿8耐も「SST」の1戦に設定。ただし年間チャンピオンは全4戦中の好成績3戦を合計する有効ポイント制になるため、年間参戦チームの参戦は少ない。
ストックには「市販車状態」という意味があり、マシンはほぼ街乗りバイクと変わらず、改造範囲が非常に狭い。エンジンも市販車のままであり、ベース車両の素性に影響を受けやすいものの、誰でも手に入れられる部品を使って参戦することができ、低コスト。プライベートチームが参加しやすいルールといえよう。また「SST」は全車がダンロップのワンメイクタイヤを使用する。
EWCとSSTの違いはピットインにもある。EWCクラスでは素早いタイヤ交換が可能な「クイックホイールチェンジシステム」が使えるが、SSTクラスは市販車でホモロゲーションされたホイールを使うため、タイヤ交換に時間がかかるのだ。レースではEWCとSSTのマシンがテールトゥノーズで争うシーンが度々見られるが、タイヤ交換で約40秒もの差がついてしまう。手間と時間がかかるため、SSTクラスは2スティント、あるいは3スティント連続して同じタイヤで走ることが多く、総合優勝争いはやはりEWCクラスが中心になる。
そして「EWC」クラスの最大の特徴がタイヤだ。「SST」クラスはタイヤがダンロップのワンメイクとなったが、「EWC」クラスには複数のメーカーが参戦し、タイヤの開発競争が許されている。これは日本のJSB1000も同じだが、近年はブリヂストン装着車が強さを見せる。「EWC」ではMotoGPやWSBKにはないタイヤ戦争が存在するのだ。
国内外メーカーのバイク、そして各メーカーのタイヤをそれぞれのチームが異なるチョイスで戦うことで長時間の耐久レースでは様々なドラマが生まれる。この状況を4輪レースで例えるならば、「SUPER GT」に近いレースと言えるかもしれない。
近年は8耐でも年間参戦チームが強豪に!
オートバイメーカーだけでなく、タイヤ、ブレーキ、マフラーなど様々なアフターパーツメーカーが関与する余地がある「FIM EWC」は近年のステータス向上により、参戦チームや選手が年々レベルアップしている。
かつてはMotoGPやWSBKのライダーが参戦するのは、メーカーファクトリーチームがスポット参戦する「鈴鹿8耐」だけで、他のレースはフランス選手権のライダーが中心という時代が長く続いたが、ここ数年は競争の激化により、速さに定評のあるMotoGP、WSBKで活躍したライダーがレギュラーで参戦するようになってきた。
日本の「F.C.C. TSR Honda France」(TSR)からは元MotoGPライダーで125cc時代には世界チャンピオンにもなったマイク・ディ・メッリオが参戦。ヤマハのトップチーム「YART YAMAHA」にも元MotoGPライダー、ニッコロ・カネパが乗る。速さと安定感があるカネパに加えて、元Moto2ライダーのカレル・ハニカが加入し、さらに戦力アップ。ポールポジションの常連になっている。
さらにBMWワークス「BMW Motorrad World Endurance Team」には元MotoGP開発ライダーで昨年まで「ヨシムラSERT Motul」のエースとして活躍したシルヴァン・ギュントーリが電撃移籍した。このようにFIM EWCのトップチームには一流ライダー達が名を連ねている。
また、2024年から「SST」クラスに新しい年間参戦チームが日本から参戦。それが「Team Etoile(チーム・エトワール)」だ。BMW M1000RRを走らせる同チームはエンジニアを除く全てのスタッフが日本人で構成。ライダーも亀井雄大ら日本人ライダーが中心だ。これまでは海外耐久チームと組むのが成功へのセオリーといわれてきたが、オールジャパンに近い体制で参戦するサムライチームの動向に注目が集まる。
近年は鈴鹿8耐でもFIM EWCに年間参戦するチームが速さを見せている。2023年もヤマハの支援を受ける「YART YAMAHA」が爆発的な速さを見せ、「F.C.C. TSR Honda France」が繰り上がりの3位表彰台を獲得。「BMW Motorrad World Endurance Team」は粘り強く6位フィニッシュを果たした。これまで速い、強いと言われていた国内ベースの全日本系チームとの実力が接近しているのは明らかだ。今後、鈴鹿8耐の総合優勝争い、表彰台争いの中心がFIM EWCチームになってもなんら不思議ではなくなってきている。