ツール・ド・フランスを知るための100の入り口
ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:補欠物語

せっかくツールメンバーに選出されたのに、直前のケガで出場断念、そんな例は数々ある。そういう場合、急きょ補欠選手に招聘がかかるのだが、お呼びがかかったのがレース当日で、到着は出走45分前、そんな前代未聞のケースがあった。
2004年、コフィディスのマシュー・ホワイトを悲劇が襲う。現地入りしてウォームアップ中に落車し、骨折。出場前にリタイアが確定した。運悪く開幕当日のこと。普通なら諦めるところだが、チームコフィディスは穴埋めに躍起になった。
丁度その年の開幕は、ベルギー・リエージュでのプロローグ。すぐに駆けつけられるベルギー人選手として、ペーター・ファラゼインに白羽の矢が立った。
同僚のホワイトがクラッシュした時、ファラゼインは、友人とビールを飲みながらラリー観戦の真っ最中。都合よく(?)、リエージュからわずか200km地点にいた。しかしチームから携帯に電話が入ったとき、彼はそれを無視(!!)。
しつこい2度目の呼び出し音で、仕方なく電話に出た彼にチームは言った。「リエージュに行け。なるべく早く!」
泡を食ったファラゼインは、警察の先導でベルギーを車でかっ飛ばした。その日は一斉スタートのレースではなく、1人ずつ短距離を走ってタイムを争うショートタイムトライアル(プロローグ)だったため、彼の出番は夕方だった。
おかげで、なんとか出走予定時刻の45分前に会場入りできた。とはいえ、それではウォームアップもろくにできない。
彼にはホワイトの出走時刻17:14が割り当てられていたが、あまりに酷なので、同僚のジミー・カスペールと順番を交代した。そして、17:56、無事に彼は走り切った。
ファラゼインにとっては、5年ぶりのツール。直前までビールを飲んでいた男の成績は、トップから1分1秒遅れの、188人中185位。
自分のバイクを持ち込む暇もなく、ホワイトの機材を借り、他人の名前入りのゼッケンで走った。補欠選手の悲哀を感じさせる逸話であり、ちょっとした武勇談として記憶に残るエピソードでもある。
※本企画は2013年6月に実施されたものです。現在と情報が異なる場合がございますが、予めご了承ください。
写真:Yuzuru SUNADA / ペーター・ファラゼイン