2月7日、史上初のアフリカ系アメリカ人監督のフランク・ロビンソンが亡くなった。享年83歳だった。

「史上初のアフリカ系アメリカ人」と「ロビンソン」という言葉を並べてしまうと、史上初のアフリカ系アメリカ人選手であるジャッキー・ロビンソンを連想してしまう人も多いのではないか。

全球団で永久欠番となってることもあり、ジャッキー・ロビンソンの背番号が42だったと答えられる人は多いだろうが、フランク・ロビンソンの背番号を即答できる人は、若い世代のアメリカ人にもそう多くない(5球団で36や32もつけていたそうだが、もっとも有名なのは20番だろう)。

若いアメリカ人でもその程度なので、フランク・ロビンソンの現役時代をよく知っている日本人は少ないと思う(実際、私はよく知らない)。

現役21年間で史上10位の通算586本塁打を放ち、三冠王、史上唯一の両リーグでの最優秀選手賞(MVP)、新人王や首位打者やゴールドグラブも獲得。もちろん、初めて候補となった1982年に野球殿堂入りしている。

私が取材したのは監督としてのフランク・ロビンソンで、それもインディアンスで史上初のアフリカ系アメリカ人監督となった頃(1975年から1977年)でも、オリオールズで最優秀監督に選出された頃(1989年)でもなく、モントリオール・エクスポズの球団史上最後の監督と、初代ワシントン・ナショナルズの監督をしていた頃(2002年から2006年)だ。

当時のエクスポズは、レッドソックスとマーリンズの買収と売却に伴うおかしな動きの中でオーナー不在となり、その窮余策としてメジャーリーグが経営する不思議なチームだった。

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