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ラグビー愛好日記


February 1, 2019 6:10 PM /

矢富勇毅選手、爆笑ノーサイドライブ

時間の流れが速すぎる。2019年が明けたと思ったら、もう1カ月過ぎた。1月31日は今年最初のノーサイドクラブ(高田馬場)でのトークライブだった。60回目とは、ちょっと驚く。今回のゲストは、ヤマハ発動機ジュビロの矢富勇毅選手。さすが、矢富商店。笑った、笑った。

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矢富選手は1985年、京都生まれ。同郷なので言葉もすいすい入ってくる。とても楽しい進行役だった。矢富選手は6人兄弟。ラグビーを始めたのは京都市立西陵中学1年生から。「サッカー部に入ろうと思っていたのですが、父とラグビー部の監督が知り合いで、もう決まっていたみたいで」。タックラーをかわして走る快感にやめられなくなったという。高校も中学の先生と京都成章高校の湯浅監督が先に話を進めていた。そして、高校時代に元日本代表の名CTB横井章さんに出会う。「授業中、窓からグラウンドを見ていたら、白い長そでジャージに短パンをはいた小さなおじさんがいて、なんじゃあの古い感じの人はと思ってたら、それが横井さんでした」。1968年にオールブラックスジュニアを破った日本代表レジェンドは、相手のかわしかたや、パスについて事細かに教えてくれたという。

早稲田大学を薦めてくれたのも横井さんだ。清宮克幸監督に話をしてくれた。ある試合で、その頃は13番でプレーしていた矢富選手は、試合直前に9番のジャージを受け取った。「え? なんで? スクラムハーフやったことないし、みたいな感じで」。試合が終わると、横井さんと湯浅監督に人気のいないところに連れていかれた。「なんか、でっかい人が立っていて、それが清宮さんでした。僕がSHでプレーするなら見に行くと言って来てくれたそうです。第一声が、『フィットネス、ないな』ですよ(笑)。なんだこの人って、僕は、清宮さんのこと全然知らなかったんです」

このあたりまでの話で、天真爛漫な性格がよく分かる。「僕は清宮さんの指導者人生で一番叱られた選手だと思いますよ」。とにかくよく叱られたそうだ。2年生の頃、単位が足りなくなったときには激怒された。「僕だけだったらいいのですが、門限ができて、朝、3、4年生も掃除することになった。僕のせいですよ。さすがに大変なことをしたと思って、頭を丸刈りにして清宮さんに謝りに行ったら、満面の笑顔で、ボウズいいね!ですよ。まあ、ちゃんと誤ったから伸ばし始めたら、思い切り怖い目でにらまれまして、お前、なんにも分かっていないな、と。それがあまりにも怖くて、以降ずっとこの頭になりました」。

口調も真似ての清宮さん節は爆笑の連続。ちなみに、ヤマハ発動機ジュビロの監督辞任は、昨夏に勘付いたという。「監督5年目までの清宮さんは、きめ細かく指導をしていましたが、その後は堀川さんなどコーチに任せ始めた。そろそろだなとは思っていました。昨夏あたりから、僕の将来を心配する質問が多くなって、それで、あっ、これは辞めるんだなと思いました」。実際に部員みんなが知ったのは新聞報道だったという。

清宮さんがいなくなるのは、「寂しいです」という。「大学の頃は本当に怖かったけど、ヤマハではお父さんみたいでした。でも大学の頃も清宮さんが3年までやって、4年では中竹竜二さんが監督になった。僕は清宮さんの後を経験しているので、今回もチームのためにいろいろ助言できるのではないかと思っています」。

話は多岐に渡った。大学時代、2年上のSH後藤翔太さんを超えようと、後藤さん以上に練習しようとしたら、練習の虫の後藤さんがなかなか帰らず、夜中になった。SO大田尾さんが練習で悪いパスは捕ってくれず、めちゃくちゃ怖かったが、試合ではどんなパスでも捕ってくれた。曽我部選手はお母さんみたいで、家に泊めてもらったとき、朝ご飯を作って、アイロンもかけてくれた話などなど、いくらでもコネタが出てきた。

まだ引退は考えていないという。「40歳までやりたいですって清宮さんに言ったら、鼻で笑われました」。冗談交じりだが、まだまだ現役で突っ走るようだ。オフの間は他競技のアスリートなどと交流し、勉強したいという。事前の打ち合わせ時はこんな話を聞かせてくれた。「僕ね、いろんな指導者に会ってきましたけど、清宮さんだけは真似できないと思います。感性というか感覚の鋭い人なので、真似ができない」。清宮さんがいなくなったヤマハ発動機ジュビロをひっぱる存在として、来季も矢富選手の活躍が楽しみになるトークライブだった。

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プロフィール

プロフィール写真【村上晃一】
京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。1986年度西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。ラグビーマガジン、ナンバー(文藝春秋)などにラグビーについて寄稿。J SPORTSのラグビー解説も98年より継続中。1999年から2015年の5回のラグビーワールドカップで現地よりコメンテーターを務めた。著書に「ラグビー愛好日記トークライブ集」(ベースボール・マガジン社)3巻、「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)、「空飛ぶウイング」(洋泉社)などがある。

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