スーパーフォーミュラ

二年ぶりに行われた九州大分県のオートポリスのスーパーフォーミュラ第5戦。前戦の第4戦ツインリンクもてぎから導入されたソフトコンパウンドのタイヤは、レース展開に大きな変化をもたらして、新たなスーパーフォーミュラの面白さを生み出してくれました。

オートポリスのレースが終わって、
「モッたね」
「モッちゃうんだね」
「あれほどモツなんてね」
などなど、ピットとパドック周辺の関係者の口からはそんな言葉が出るわ、出るわ。

そう、予想よりもソフトタイヤのライフが長かったのです。事前テストでの情報では、ソフトタイヤとしてのパフォーマンスを発揮するのは10周程度ではないかというものでした。ガクッとグリップダウンして、タイムが大きく落ち込むと。
多くのチームがレースの週末では充分にチェックする時間もなく、完全にグリップダウンするまで走り込むことができず、【事前テスト】の情報をもとに多くのチームが決勝レースの作戦を考えていたのです。よってツーピットストップ作戦に出たチームもありました。

しかし、しかしですよ。今回2位と3位に入ったチームルマンは金曜日の練習走行から他のチームがミディアムタイヤをメインに走行しているのを横目にソフトタイヤでじっくり走り込んで【事前テスト】情報と異なるデータを蓄積していたのです。それは、50周程度走ってもまだソフトタイヤが完全に摩耗しないということだったのです。

チームルマンは、フェリックス・ローゼンクビスト選手が10番手、大嶋和也選手が15番手からのスタートポジションだった。そしてローゼンクビスト選手が4周してピットイン、ミディアムからソフトにタイヤ交換+燃料補給。大嶋選手が6周してピットインして同じく作業をおこなってコースへと送り出したのです。早めのソフトタイヤへの交換も凄かったのですが、残り50周を満タンで走り切ったということも他チームからは、<やられた>だったのです。

レースの翌々日に片岡龍也監督に聞きました。「みんなソフトタイヤのライフチェックをしてなかったですね。ウチはしっかりとやっていました。決勝レース直前のウォームアップまで利用してライフを見たら、フルラップでも行けるかな、と。でもあとは、燃費。それも4周して再び満タンにすればゴールできるという計算が成り立った。それを実行しただけです」とほくそ笑む片岡監督でありました。

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高橋 二朗
日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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