名古屋グランパス 田口泰士選手

Q:ここからはキャリアのお話を聞かせて下さい。サッカーを始めたのは4つ上のお兄さんの影響ということですが、何歳の時に始めたんですか?

A:幼稚園ぐらいじゃないですか。ずっとボールを蹴っていましたよ。幼稚園の頃からの傷がまだあるくらいなので。ココですけど(と、膝の傷跡を見せて)。

Q:泣きました?

A:泣いてないです。血をダラダラ流しながら、またやっていましたよ(笑)
それだけは覚えています。幼稚園のグラウンドでボールを蹴っていて、ちょうど石の塊みたいな所で転んで、ダラダラと。良い思い出ですけどね。傷も残っていますし(笑)

Q:小学校は小禄南小学校で、チームがFC南スポーツ少年団ですね。何年生から入れるチームだったんですか?

A:1年生から入れました。1年生で入って、すぐに1回辞めたんですよ。友達もできて、遊びたかったので(笑)
でも、「やっぱりサッカーがやりたい」となって、また始めてという感じですね。

Q:どのくらいやっていなかったんですか?

A:1年経つか経たないかぐらいじゃないですかね。2年生の時はもうやっていたと思うので。

Q:サッカー以外のどんな遊びをしたかったんですか?

A:何をしたかったんですかね(笑)
1年生の頃とか友達と何してたんだろうなあ。でも、僕は釣りが好きだったので、今も好きですけど、よく父親と行っていましたね。

Q:パッと思い出すのは“釣り”ですか?

A:そうですねえ。釣りとか、海とかプールも行っていましたね。

Q:何でサッカーに戻ろうと思ったんですか?

A:何でですかね(笑)やっぱり好きだったからじゃないですか。

Q:その時にサッカーに戻っていなかったら、今頃は“釣り師”とかになっていたんじゃないですか?

A:本当に僕の昔の夢は漁師か学校の先生だったんです。体育の先生になりたくて。

Q:好きな体育の先生がいらっしゃったんですか?

A:そうですね。何か見ていて「いいなあ」と思って。「楽しそうだな」というか。僕自身が体育が好きだったからかもしれないですけどね(笑)

Q:FC南スポーツ少年団は沖縄県内でも強いチームだったんですか?

A:強かったですね。今でも交流がありますけど、指導者が素晴らしかったので。全国大会にも出ましたよ。僕が5年生の時に全少(全日本少年サッカー大会)に出ました。何もできなくて泣いて帰ったのを覚えています。グループリーグで同じグループにガンバがいたんですけど、「ヤベーな、コイツら」と思って、悔しい想いを抱えながら沖縄に帰ったのを覚えていますね。

Q:それがサッカーキャリアの中でも初めて受けた“全国の衝撃”みたいな感じですか?

A:そうですね。そこが一番じゃないですか。当時も九州大会とかに行っていて、明治北SSCの清武兄弟(弘嗣、功暉)がメッチャ有名でしたし、あとは鈴木惇さん(アビスパ福岡)も凄かったんですよ。有名な人がいっぱいいたので、そこでも多少の衝撃は受けましたけど、全国大会では特別に“食らって”帰りましたね。

Q:たぶん当時の沖縄では上里琢文(JPボルテスFC/フィリピン)が同い年でナショトレにも入っていましたし、名古屋へ一緒に入団した久場光もいたと思いますけど、あの2人は当時からのライバルという感じですか?

A:ライバルというよりメチャメチャ仲が良かったんですよ。琢文は家が宮古島なので、県選抜の練習となるとやっぱり“本島”でやるじゃないですか。そのたびに毎回僕の家に泊まっていて(笑)、毎回一緒に遊んで、練習して帰ったらまた遊んでみたいな。当時の宮古島にはマクドナルドがなかったんですよ。

Q:今はあるんですかね?

A:今はあるんです。この前のオフに自分の目で確認してきたので(笑)

Q:確認してきたんですね(笑)

A:はい(笑)
当時はなくて、琢文は僕の家に泊まった時にお昼ゴハンは絶対“マック”でしたよ。「食べたい!食べたい!」って言って。ムチャクチャ食べてました。「なかなか食べられないから」って。宮古島から団体で来た時もアイツはマックに行って、団体だからもらえたのかわからないですけど、無料券みたいなのをメッチャ持っていて、僕もそれをもらってマックでムチャクチャ食べまくったのを覚えています(笑)

Q:じゃあ上里選手との思い出は、サッカーというよりマックなんですね(笑)

A:そうなりますね(笑)
今でも仲が良いですからね。沖縄に帰った時には一緒に遊んだりしますし。アイツも今はフィリピンで頑張っていますから。

Q:小学6年の終わりにその上里選手とナショトレに参加されたと思うんですけど、その時に受けた衝撃もあったんじゃないですか?

A:ありましたよ。今でも覚えているんですけど、ナショトレでJヴィレッジに行って、マナブ(齋藤学・横浜FM)と同じ部屋だったんですよ。僕も相当“子供”だったと思うんですけど、そんな僕から見ても「なんだ、この“子供”は」っていうぐらいの感じだったんです(笑)
もちろんマナブとは仲が良いんですよ。それでもそう思って、何なら「ちょっと飛び級で来ているのかな」と思うぐらい年下に見えたんですよ。

Q:今でも結構童顔ですからね。

A:その時から顔は一緒です(笑)
でも、ピッチに出たらキュンキュンなんですよ。「何だ、コイツは」と。「漫画の世界じゃないか」って(笑)
凄く衝撃的だったのを覚えています。あとは仲が良かった清武功暉も一緒にいて、当時の写真とかを見ると凄く懐かしいですよね。

Q:齋藤選手にライバル心はあったんですか?

A:いえ、そういうのはなかったです。「凄いなあ」という感じでしたね。

Q:進学された小禄中学校はそれこそ喜名哲裕(FC琉球U-18監督)、我那覇和樹(カマタマーレ讃岐)、赤嶺真吾(ファジアーノ岡山)、當間建文(松本山雅FC)と錚々たる人たちを輩出していますけど、相当強い中学だったんですよね?

A:強かったですね。昔から小禄やその近辺というのはサッカーが盛んな地域だと思いますし、良い指導者の方も凄くたくさんいて、僕がいた頃の小禄中の指導者の方も素晴らしい方でした。僕の兄もお世話になっていた方で、県選抜の担当もされていて、僕は兄の試合や練習が近くでやっている時は付いて行っていたので、向こうも僕のことを知っていましたし、本当に小さい頃からお世話になっている方だったんですよね、そういうのを見て育ってきたので、「そういう方にサッカーを教わりたい」と思っていました。

お知らせ

名古屋グランパス 田口泰士選手

◆ 2016 J1 2ndステージ 第15節
10月22日 (土) 午後01:50〜 J SPORTS 3
名古屋グランパス vs. ジュビロ磐田
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