「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。私、栗原健太は今シーズンをもちまして、現役引退を決めたことを報告させていただきます」。

10月1日。しっかりと張りのある声で、栗原健太(34)は自らの引退会見のはじまりを告げた。晴れやかな表情で――。

1999年にドラフト3位で広島東洋カープに入団。昨年、自由契約となって、今季から楽天ゴールデンイーグルスの一員となった。他でもない、その日本人離れした長打力を買われてのこと。

かつてカープで主砲として活躍し、2009年はWBC日本代表選手にもなった。だが、キャリア後半は3度に渡って右肘を手術したスラッガーは、13年を最後に1軍での登録はない。

だから、1軍通算の成績は2013年まで。プロ12年間で、1026試合に出場し、3695打数1082安打、153本塁打、586打点、打率.293。重みのある数字は、文字どおり血と汗がにじむような努力を積み重ねた結果だ。

「何とかしてチームの戦力になりたい」と今年も必死にもがいたが、ついにイーグルスで1軍に登録されることはなかった。1年勝負と決めて追い込んだが、「自分の思うようなバッティングができなくなった」と引退の理由を明かした。

「正直、ここまで長く野球がやれるとは思っていませんでした」。

栗原は、支えてくれた人々への感謝の気持ち、そして悔いはないと繰り返した。生まれ代わっても野球選手になるかと問われても、やんわり否定するほど。燃え尽きるほどにやりきったのだ。

◆3度の手術を乗り越えて

2006年の椎間板ヘルニアの手術にはじまり、右肘は2008年、12年、14年と3度に渡って手術をするほど重傷だった。その都度、覚悟したという。

「もちろん手術をする時は良くなるって思って受けるんですけども、もしかしてだめになるかもしれない、というのもあるじゃないですか。でも、(手術を受けるたび)だめになったとしても後悔しないって決断してきたんです。一生懸命やっていればケガは付きものですから」。

古傷と戦いながらも、イーグルスでは長打力を買われたからこそ、2軍でも意識して励み続けた。フルスイングで自分のバッティングを取り戻すべく。「でもまあ、ホームラン4本。ゼロじゃなくてよかったという気持ちですけども」と自虐的に笑って振り返る。

「会見は絶対に笑っていようって臨んだのに、思いがけず涙してしまいました」。引退会見後の囲み取材で栗原は少し照れながら、心境を語った。

涙してしまったのは、一番近くで支えた家族について語った時。「普段あまり野球の話はしないんですが、ケガをしてからは心配をかけましたし、(家族も)何とか復帰してほしいって気持ちでした」。

「でも、(引退については)『一生懸命やってるのを見てるから悔いはないよ』って言ってもらったんで…」と声を詰まらせると、堪えきれず涙した。

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