リオデジャネイロ五輪柔道競技が極めて面白かった理由は、畳上の中で繰り広げられた戦いの質の高さはもちろん、選手たちが抱えるバックグラウンドにあった。これまでの五輪でも選手個々はもちろん相応のドラマを抱えて戦っていたわけだが、世界選手権の毎年開催策(2010年〜)とワールドツアー制度が完全に定着し、彼ら強豪選手たちの来し方や背景となるストーリーがファンの目にわかりやすく「見える」ようになったことが非常に大きい。

この文脈からわけても面白かったのは、やはりベテランの強豪たちだ。ロンドン五輪でハッキリした、そして今回証明された「五輪と他の大会の違い」と「五輪で勝てる選手の条件」をいくつか挙げると、
(1)全員が他大会とは全く違うハイコンディションでやって来る
(2)よって序列は崩れるが、フィジカルの強い選手の優位は継続する
(3)特異な武器など具体的な上昇装置を持つ選手が突如「化ける」可能性がある
(4)長いスパンで見てキャリアの上昇期にある年齢であること、かつここ数か月という短いスパンで急成長の兆しがあること
(5)その際、情報が他に知られておらずさほどマークされていないこと
(6)「死んだフリ」を為して長期間姿を見せないベテランが突如上昇すること。
など、など。 これを見てもらってわかる通り、どちらかというと五輪で突如「化ける」可能性があるのは若手。かつ全員の戦闘力が上がるという特殊環境にあってはベテランは苦戦を免れないはずだが、どうしてどうして。若手の躍進というわかりやすいドラマに混じって、彼らベテランが為した出世劇は五輪のメインシナリオの一であった。

代表格は81kg級で銀メダルを獲得した30歳・トラヴィス・スティーブンス(アメリカ)。北京五輪は7位、ロンドン五輪は5位で今大会は3度目の五輪であった。率直に言って、化け物級の強者が集う81kg級にあってスティーブンスの序列はBクラス。寝業師という尖った特徴はあるが、圧倒的な地力があるわけでもなく、溜息が出るような技の切れ味があるわけでもなく、少なくとも柔道選手として周囲の競技者から無条件の尊敬を集めるタイプではまったくない。世界選手権のメダルは1度も獲ったことがないし、ツアーでも「勝てる試合にしか出てこない」という印象で、超強豪からの勝利はほとんど1度もなくシーズンオフや僻地の試合、強者が参加を忌避した勝てる試合だけに入賞してランキングを確保している体。自身柔術の道場を持っているということもあり、客観的にはある意味「余生を楽しむ」段階かとすら思われた。だが違った。2度の五輪を経て得意の寝業に磨きをかけたばかりか、かつて片輪走行レベルで寝勝負しかできなかった彼が、4年後の勝利にはこれが必要とばかりにいつの間にか立ち技が「出来る」ようになっていた。そして、試合を選んでランキングを上げる彼の戦略の究極は今年5月のワールドマスターズ。強豪ことごとく参加を拒否したこの大会に彼は敢えて参加して優勝、五輪ランキング市場閉鎖前日に実に700ポイントを得て本番の第5シード権を確保したのである。序盤の強豪との対戦を避けることに成功した彼の「選択と集中」のセンスは本番の畳にも生かされ、準決勝で優勝候補筆頭のアヴタンティル・チリキシビリ(ジョージア)の集中が切れた瞬間鮮やかな片手絞「一本」。レペチャージに残った選手の面子を見てもここで負ければスティーブンスのメダル獲得は風前の灯、まさにこれしかないという場面での必殺技炸裂であった。ワールドツアーを壮大なバックグラウンドとした、スティーブンスの8年ごしのメダル獲得の夢、ついに成る。

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