Q:ここからは昔のことをお伺いします。選手名鑑を見ると最初のクラブは間野台SCとなっていますが、そのクラブがサッカーキャリアのスタートですか?

A:間野台SCのコーチがやっているスクールが幼稚園にあって、そこでちょっとボールを蹴ったりはしていましたけど、ちゃんと始めたのは小学校1年の時の間野台SCです。

Q:そこから小学4年生の時にレイソルジュニアへ入ったと思いますが、どういう経緯ですか?

A:チームメイトがテストを受けるというので一緒に行きました。でも、その時の僕はレイソルを全然知らなくて(笑) そこまでJリーグを見ていなかったので、1回だけ見に行ったことのあったF・マリノスしか知らなかったんです。それでチームメイトと一緒にテストを受けに行って、受かっちゃったという感じです(笑)

Q:それでもレイソルのアカデミーにはエリートが集まってくると思いますけど、どういう所が評価されたのだと思いますか?

A:その時の僕は足が速かったんですよ。小学校6年生くらいまでは。たぶんそこだと思います。

Q:その時のポジションはどこだったんですか?

A:トップ下をやってました(笑)
トップ下かフォワードで、レイソルに入ってからも小学4年の頃は右サイドもやっていました。

Q:スピード系のトップ下ですか?テクニック系のトップ下ですか?

A:スピード系です。とりあえず突進系のイノシシタイプでした(笑)

Q:レイソルジュニアに入った頃は、当然周囲も上手かったと思いますけど、カルチャーショックのようなものはありましたか?

A:ありましたね。“ラダー”(※はしご上のゴムを使うステップの練習)とかあるじゃないですか。みんなできるのに全然できなかったですからね。僕は一番後ろで全然できなくて、そういう焦りもありましたし、みんな本当に上手かったです。僕は他のスクールとかにも行っていなかったのでビックリしましたね。

Q:そんな中で試合には出ていたんですか?

A:飛び級とかは全然なかったです。自分たちの学年の試合で言うと、小学4年の時はちょっと出ていましたけど、小学5年になって全然出られなくなりました。

Q:中谷選手が小学6年の時のレイソルは、全少の予選にAチームとBチームが出ていたと思いますが、あれはどういう振り分け方だったんですか?

A:Aチームの方が強いチームです。単純に実力で分けられていて、僕はBチームだったんです。6年生の時は僕の学年でAチームに入れなかった選手が5人しかいなかったのに、僕はその入れなかった5人になって、5年生中心のBチームになりました。でも、5年生だった山本健司(順天堂大)はAチームに行ったんです。

Q:それは複雑ですね。

A:Bチーム行きを言われた時は、帰りの電車でメッチャ泣きましたよ。1人1人面談があって、そこでAチームかBチームかを言われるんですけど、あの時は一番キツかったですね。

Q:「一番」ということは、今までのキャリアを振り返ってもということですか?

A:いや、それはちょっと言い過ぎですね(笑)
でも、あの時は本当にキツかったです。柏から船橋までの30分間は、電車の中でずっと泣いていました(笑)

Q:もちろんBチームはAチームを倒して、全国に出てやろうというのがモチベーションですよね?

A:間違いないです。そうしないとジュニアユースに残れないというのがあったので、「とりあえず決勝まで行こう」というのはみんなで言っていましたけど、ベスト8で散ってしまいました。

Q:結局Aチームも全国には出られなかったんですよね?

A:そうですね。ベスト4で負けました。

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