スポーツライターとして次の言い回しを過去に書いた。
「敗者には何もやるな」
勝者ではなく敗者こそ結果のほかに何も手にしてはならない。そうでないとスポーツにならない。敗北は、ただ敗北だからこそ勝負なのだ。

年末から正月、どんどん各チームの敗退が決まる。負けた当事者は、ひたすら悔しがればよい。悔しくなかったらおしまいだ。負けて学ぶことはある。でも負けに慣れてよいことなんてありはしない。大阪府警も、関西学院大学も、早稲田大学も、松韻学園福島高校も、東海大学も、東海大学仰星高校も、さあ、悔しさと虚しさを噛み締めろ。ほめられたらこそばゆく、そもそも迷惑だろう。

何度でも書きたい。「敗者には何もやるな」。本当のところ、これくらい気張らないと、見事な敗者、悲運の敗者にひかれるのだ。社会に出るに際して、切った張ったの為替ディーラーではなく、ジャーナリズムを選んだ者に共通の本能のようなものだろう。

大学選手権セカンドステージで敗退、京都産業大学は、勝ってもそこで終わりの中央大学戦に勝った。31-8。スコアの数字の優劣を超越するような快勝だった。しっかり練習してきたな、と観客席の上のほうにも伝わってきた。粘着のスクラムとモール、タックルを浴びた際のもうひと粘り、人間と人間のあいだの空間に理屈を超越した粘りがある。1980年代中頃までの慶應大学に少し似ていた。無名の勇士たちが日常の猛練習によってのみ身につける雰囲気。全方位に優れているわけではなく、ゆえに負ける時もあるのだが、ここで勝負のイメージに迷いがない。目をつむって単調な鍛練に耐えるのでなしに、おのれをよく見つめる者があえて旧式で単調な負荷を引き受ける。そういうチームの選手はやせていてもジャージィがなんとなく似合う。時代は移り、かつての慶應、早稲田、何年かにいっぺんの東京大学などなど、そうだった集団もいまはもう少し「一般的」だ。そこで京都産業大学の我が道を進む姿勢が異彩に映る。

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