ペナントレースも残り約1ケ月となり、連日熱い戦いが繰り広げられています。しかし、20年前の今頃はメジャーリーグのない長い夏の最中にいました。

日本ではあまり話題になっていませんが、今年は選手会ストライキから20周年に当たります。1994年の8月12日、労使交渉のもつれから、MLB選手会はストライキに突入しました。スト自体は初めてのことではなく、中でも81年のそれはシーズン途中の約2ケ月の長期に亘りました。しかし、20年前のストはそれどころではなく、残シーズンのみならずポストシーズンも中止。多くのメジャーリーガーが徴兵された大戦中や、開催地(サンフランシスコ湾岸エリア)が試合中に大地震の被害を受けた89年ですら行われたワールドシリーズも、「百万長者同士のいがみあい」により中止に追い込まれたのです。

論争の焦点は、オーナー側が導入を提唱したサラリーキャップ制で、それは各球団が選手の年俸総額に総収入に対する一定比率で上限を設定するものでした。「年俸が高騰しすぎて経営が成り立たない」というのがオーナー側の主張でしたが、選手会側は態度を硬化させました。そもそも、サラリーキャップが健全に成り立つ前提としては、球団の収支状況がガラス張りであることと、その総売り上げの変動に大きな影響を及ぼす球団の営業政策の意思決定に労使双方が(言い換えれば選手組合側も)関与できることです。これは容易なことではなく、交渉が暗礁に乗り上げたのも当然と言えます。

94年は、ストなかりせば最高にエキサイティングなシーズンになるはずでした。この年は、それまでの2地区制から3地区制へ移行するとともにワイルドカードを導入し2段階のプレーオフを行う初年度で、スト突入段階では81年を最後にポストシーズンから遠ざかっていたエクスポズ(現ナショナルズ)が全球団中最高の勝率.649でナ・リーグ東地区首位を快走。そのまま行けば、モントリオールで初のワールドシリーズの可能性も十分でした。また、ア・リーグ西地区は首位のレンジャーズですら借金10(52勝62敗)の勝率.456という珍しい状況でした。

個人記録では、ジャイアンツのマット・ウィリアムス(現ナショナルズ監督)が43本塁打で、61年のロジャー・マリスによる当時のシーズン記録61本に手が届くペースでした。また、パドレスのトニー・グウィン(6月16日に54歳で死去)の打率は.394。41年のテッド・ウィリアムズ以来の4割打者誕生の期待が高まっていました。しかし、それらも全て水泡に帰しました。

スト突入後も事態は膠着状態でしたが、年を越し春が近付くにつれ怒りを露わにするファンの声を労使双方とも無視できなくなってきました。また、試合が行われていない限り、経営者も選手も収入が途切れてしまうことも影響したのでしょう。3月末にはニューヨーク地裁がシーズン再開を勧告。4月2日に労使ともそれを受け入れ232日間に及ぶストライキは終了しました。4月25日、やっと球場に戻って来た選手達に対しファンが大きなブーイングを浴びせ、シンシナティでは「選手もオーナーも地獄に堕ちろ」というメッセージを大書きした飛行機が球場上空に出現しました。

ストライキの終焉は問題の解決ではなく、ファンが完全にソッポを向きかけない中、「もういい加減にしないと本当にマズイ」と労使双方が取り敢えずの再開を決めただけとも言えます。それでも、その後20年近く再発を回避できている理由は何でしょうか?私は3つあると考えています。

まずは、バド・シーリグ・コミッショナー(ストライキ時点では代行でした)の「手腕」でしょう。彼はサラリーキャップのソフトな代替案とも言える贅沢税のみならず、リッチな球団から経営の苦しい球団への収入配分制度も導入しました。ストライキは労使の二極対立ではなく、富める球団、富めざる球団、そして選手会の三者対立構造の結果であることを彼は理解していたのです(年俸が高騰するのは、それを問題視する必要がない球団が存在する証でもあります)。

2番目は「教訓」です。いかなる事態に陥ろうとも「ストイライキ(またはロックアウト)だけは避けねばならない。また繰り返すようなことがあるとこのビジネスの存続に関わりかねない」ということを、20年前の失態を通じ労使が学んだのです。

最後は「運」でしょう。90年代にはアメリカ史上最長で最大の景気拡大と株価上昇を記録した経済自体の活性化という「神風」に助けられた点も無視できません。ストで取り合いの対象となるパイがどんどん増加していったのです。ストライキ以降の20年弱で、テレビの放映権料は全国放送もローカル放送も信じられないほど値上がりしました。観戦チケットも同様です。

その結果、溢れる収入は補強資金につぎ込まれ、スト終了年の95年には約115万ドルだった平均年俸は昨季は約340万ドルまで上昇しました。それ自体は問題視すべきことではありませんが、その間損益分岐点も相当高いレベルに上昇したはずです。今後、予期せぬ不況が訪れ、「こぼれるパイ」ではなく「減ったパイ」を分け合わねばならない時代が訪れた場合も、労使が現在の協調関係を維持できるのか?という不安は拭えません。

我々はテレビやネットを通じ毎日MLBを楽しむことができますが、将来に亘りそれが保障されたものではないということは忘れるべきではないでしょう。

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豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:shotaro.toyora@facebook.com

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