後半の38分。すでに戦意を喪失したようなブラジルを相手に、ドイツがワンタッチ、ツータッチで自在にパスを回しはじめた。すると、とっくに勝利を諦めたブラジルのサポーターが「オーレ、オーレ」と歓声を上げる……。世の中は変われば変わるもの。まさに信じ難い光景だった。7対1というのも、とてもワールドカップの準決勝のスコアとは思えないものだった。南米のライバルを倒して準決勝進出を果たしたブラジルだったが、準々決勝のコロンビア戦では主力選手2人を失っていた。ブラジル国内でも、世界中でも、話題の中心はもちろんネイマールの負傷欠場だったし、ピッチに現れたブラジル代表のキャプテン、ダヴィド・ルイスはネイマールの「10番」のシャツを掲げていた。

だが、本当に痛かったのは、警告の累積で出場停止となったチアゴ・シウヴァの欠場だったのではないだろうか。ネイマールは、たしかに得点を決めてはいたが、攻撃全体をリードしていた訳ではなかった。そして、今大会のブラジルは、スコラーリ監督らしい守備の堅さを武器としたチームだった。その中心がダヴィド・ルイスとチアゴ・シウヴァのセンターバックコンビ。そして、ボランチのフェルナンジーニョとルイス・グスタヴォ。つまり、中央に4人で構築するブロックが中核だった。中央のブロックの強さがあるからこそ、両サイドバックのマイコン(あるいはダニエウ・アウヴェス)やマルセロが自在に攻撃参加できるのだし、しっかりした守備からボールを奪って仕掛けるカウンター攻撃こそが主な得点源だった。

その守備の要のチアゴ・シウヴァがいなくなったのだ。代わりに起用されたのはダンテだった。ダンテが良い選手か悪い選手かという問題ではない。ダンテは、ドイツ代表の主体となっているバイエルン・ミュンヘンに所属しているだけに、相手の癖も分かっているという利点もある。だが、ブラジル代表は、ずっとチアゴ・シウヴァとダヴィド・ルイスの2人で戦ってきたのだ。実際、ダンテは今大会初登場だった。

そして、不安は的中した。立ち上がりは、両チームとも小さなミスを繰り返していた。開始直後にはドイツがカウンターをかけようという場面で、いきなりエジルが転倒した場面があったし、ドイツの選手は、なぜかボールが足につかない。そんな状態が続き、ブラジルがやや優勢かと思っていた。そんな時に、自陣のFKからダヴィド・ルイスがロングボールを蹴り込んだ。このボールを受けたフッキが持ち込んでマルセロに戻したのだが、ここでマルセロがコントロールミス。奪ったケディラがハーフラインを越えてブラジル陣内に持ち込んでミュラーとパス交換。ここは、マルセロが駆け戻ってCKに逃れて、なんとか自らのミスを帳消しにしたのだが、このCKからの守備が破綻。密集を抜け出したミュラーに先制ゴールを決められてしまう。

互いにミスはあった。だが、そのミスに乗じたのがドイツだったのだ。ドイツらしかったのは、ケディラがマルセロのミスを拾った瞬間にミュラーも動き出したところだろう。ミュラーの動きといえば、2点目もそうだ。この得点は、ブラジル陣内の深い位置でのスローインから始まった。スローインをラームに渡したミュラーがすぐにラームの後ろを走ってリターンを受ける。そして、左サイドのクロースにパス。そのクロースがペナルティーエリア内に入れたパスを再び受けたのがミュラーだった。ミュラーがワンタッチでクローゼにはたき、一度はGKのジュリオ・セザルに止められたものの、戻ってきたボールをクローゼが難なく決めた。スローインをした瞬間から、ミュラーは足を止めることなく、動いて決定的な位置でボールを受けた。2人目、3人目が、サボることなく動き続けるのがドイツのサッカーだ。

それは、いつの時代もドイツ・サッカーの大きな特徴である。そういう伝統を、ここ数年育ってきたテクニックのある選手たちもしっかりと受け継いでいるのだ。クローゼの2点目のわずか1分後。気落ちしたブラジルを相手に、ドイツはたたみかけた。これも中央やや左サイドから右にパスを出したクロースがそのままペナルティーエリア内に走り込んで、エジル、ラーム、ミュラーと経由して帰ってきたボールを決めたのだ。3点目で勝敗の行方は決まってしまったが、さらにブラジルはミスからすぐに4点目を奪われる。今度は不安のあったダンテからのパスを受けたフェルナンジーニョが中途半端な処理をしてクロースに奪われてしまったのである。そして、起点となったクロースが再び足を止めずに動いてゴールを決めた。

テーマは、再び「足を止めない動き」だった。こうした動きは当然どこのチームでも考える戦術の基本だし、選手たちも当然分かっているはずの動きである。だが、それを実際に試合で実行し続けること。これが、ドイツの選手たちの意識の高さであり、ドイツ・サッカーの伝統の力なのであろう。それと同時に、こうした動きを続けるのはフィジカル的にコンディションが良いからこそできるものでもある。ドイツは、グループリーグではポルトガル、ガーナ、アメリカ合衆国というタフな相手と戦ってきた。また、その舞台も気温が高い北部の都市だった。かなり消耗していても、不思議はない。だが、ドイツは過酷な日程を乗り切って、大会後半に入ってもコンディションを維持し続けている。

科学的なトレーニングのおかげであろうが、さらに言えば、今シーズンのドイツではバイエルン・ミュンヘンが早々とブンデスリーガ優勝を決めた。また、チャンピオンズリーグでも決勝進出を逃したため、バイエルン所属の選手たちがワールドカップに照準を合わせて調整できていたのだろう。ブラジル戦の先発11人のうち、じつに6人がバイエルン所属だったのだ。そして、バイエルンを主体に補強選手を入れる形でチームを作れたことで、他の代表チームに比べれば、コンビネーションのレベルも高かった。ドイツの良さがすべて出た試合だった。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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