筋書きのないプロ野球を演出する寡黙な仕事人。審判員の素顔に迫る「ザ・アンパイア」。第5回は、実家はお寺という異色の経歴を持つ佐々木昌信審判員です。

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[写真]佐々木昌信審判員

実家は寺。跡取りでもある長男の佐々木昌信は、浄土真宗の学場である京都の大谷大学を卒業すると同時に、プロ野球の審判員になった。

転機は大学4年の夏――。プロ野球選手を目指していた佐々木は、後ろ髪を引かれる思いで、野球をやめようと決意する。就職も決まっていない。できればどこかに就職して2〜3年は社会人野球でプレーしたかったが、現実は甘くない。そんな時、大学でお世話になっていた用具メーカーのある担当者から、プロ野球の審判になることを勧められた。

「プロ野球の審判テストを受けてみたら?」 その担当者は、元プロの審判員だった。決して雑談の域を出なかったが、プロ野球界の裏話や審判時代の経験談を聞いていくうちに、世界が広がっていく。佐々木はプロ野球の選手になる夢は叶わなくても、審判でプロ野球の世界に入るという選択肢に魅力を覚え、記念受験のつもりでテストを受けた。

両親には内緒だった。だが佐々木の「どうせ受かるわけがない」思惑は外れ、見事内定。この年は審判の一般公募がなく、関係者などの推薦による計3人しか受かっていない。佐々木以外の2人は、元プロ野球選手だった。

8月中旬のことだった。将来を考えあぐねていた夏が一転、審判員としてのキャリアの歯車が回り出す。すぐに実家に電話をかけ、父に内定を報告した。ところが信じてもらえない。「(父に)何の話だ!? って言われました。お前、騙されてるかもしれないから、絶対にハンコだけは押すなよって(笑)。ハンコなんて押したら、借金の肩代わりにでもさせられるぞって」。佐々木は状況を詳しく説明し、やっとのことで理解を得られたという。

[写真]佐々木昌信審判員

めまぐるしく審判員への道を歩み始めたのも束の間、初めてのプロのキャンプはもっと劇的だった。その年のキャンプ始動は2月10日。だが、佐々木はキャンプインのその日まで、京都の東本願寺で修業に励んでいたという。修行が明けたその日のうちに、飛行機に乗ってキャンプ地の高知へ。袈裟をプロテクターに代えた佐々木のキャリアは、こうしてスタートした。

「もうね、世界観が180度どころか360度も540度も違うでしょ。むちゃくちゃでしたよ。切り替えられなかったです」

修行直後にキャンプインという衝撃のデビュー。そんな佐々木も、今年でプロ通算22年目となった。数年で辞して寺を継ぐと思われた住職の長男は、審判として1,800試合もの出場を重ね、オールスター戦や日本シリーズ、日米野球など輝かしい経験を重ねている。

「いいことばかりでもなかったですけど、今思えばあっという間です」。そう振り返る佐々木にとって、これまでで最も印象的だった出来事は「超一流バッターたちの醸し出す“匂い”」だという。

「日米野球で球審を務めたとき、サミー・ソーサがホームラン打った直後、焦げ臭い匂いがしたんです。バットとボールがインパクトした時の摩擦熱で。ダイヤモンドを一周した後も残ってましたよ。日本人選手では、松井秀喜選手が同じように打った後にも、焦げ臭い匂いがしましたね」と、球審ならではの貴重な体験を味わったことを感慨深げに語る。

佐々木にとって、プロの審判とは“エンターテイナー”だという。身長180センチ超で大柄な佐々木は、「自分は身体が大きいからこそ、より大きくみせようとしています」と明かす。常に派手ということではない。メリハリを利かせるのである。誰が見てもアウトと分かる場面では控えめに、ここぞという場面ではダイナミックに。正しいジャッジをすることはあくまで審判の技量のひとつにすぎない。プロの審判たる者は、ゲームをより一層、魅力的にする存在であるべきと語る。

「オンとオフの切り替えが大事」と佐々木は言う。そんな佐々木の“オフ”シーズンは、実家の寺を手伝うことだ。“戦闘服”をプロテクターから袈裟に着替え、佐々木は法事などでお経を読むのだ。71歳になる父はかなり小柄らしく、大柄で日に焼けた佐々木と父子が揃って登場すると、ほとんどの人が目を見張るのだとか。父のため、いざとなったら佐々木は実家に戻り、跡を継ぐ決心を持ちながら、今年も佐々木はプロのプレーを裁いていく。

「資格があるのでお経も読めます。でも忘れてしまったことも多いし、戒名などは書けないので、帰るとなるとまた一から勉強し直しですね(笑)」。真っ黒に焼けた顔に大きな福耳をつけた佐々木を見ていると、審判としても住職としても、なんとも言えない安心感を覚えるから不思議である。

◆佐々木昌信(ささき まさのぶ)
生年月日:1969年8月6日(44歳)
経歴:群馬県立館林高等学校→大谷大学
現役時代のポジション:レフト

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