リーグ初の無観客試合を見てきた。無観客も、小さなスタジアムではそれほどでもなかったかもしれないが、埼玉スタジアムのような大きなスタンドを持つスタジアムだとかなりのインパクトがある。なにしろ、サポーターの声もないので、選手の指示の声もよく聞こえる。まるで、練習試合のような雰囲気だった。「そんな雰囲気の中で、しっかりとモチベーションを保ってプレーできるのか」という懸念もあったけれど、試合が始まってしまえば、選手たちは普通にプレーできてはいた。そして、集中を切らさずに見ていれば、観戦する側にもそれほど違和感はない。いつもと同じ試合だった。先制された浦和レッズがボールをキープして、前線に5人の選手を並べて攻め続ける。攻め続けて入るものの、点は入らない。前線の動きに変化もないし、後方からの上がりにも意外性がない……。まるで、問題の発端となったサガン鳥栖戦のリプレーを見ているような試合だった。浦和レッズの問題は、「差別問題」だけではない。ピッチ上でも問題山積のようではある……。

さて、試合の話はいずれしなければならないだろうが、今回は無観客試合という処分について考えてみよう。今回の事件を巡って、Jリーグは「Japanese Only」という差別的とも取れる表現の横断幕を掲げたサポーターを、というよりもそれを撤去せずに放置した浦和レッズというクラブを「無観客試合」という形で処罰したわけだ。この横断幕を掲げたサポーター・グループの主張によれば、主観的な意図としては「人種差別」の気持ちはなかったのだという。「サポーター席に外国人などが入り込むのがいやだった」というのだ。僕がそのサポーターに会って話を聞いたわけでもないので論評するのも難しいが、これはよく分からない理屈だ。サポーターが彼らの聖域であるゴール裏に他者が入り込むことを快く思わないという心情はよく理解できるが、それが即「外国人」につながるところには論理の飛躍がある。つまり、サポーター・グループの意図というのはよく分からないのだが、そういう主観的意図は別として、「Japanese Only」という言葉が外形的に差別表現に当たるのは当然であり、Jリーグ当局も「当事者の意図にかかわらず、それが差別的と受け取られるものならば罰則を下す」ということを明確にしたわけだ。

さて、処罰をするとして、「では、どのような罰則にするか」が大きな問題となる。考えられるものとしては、クラブに対する罰金。無観客試合もしくは中立地での開催といった措置。そして、もう一つは勝点の剥奪であろう。しかし、勝点の剥奪というのはこの種の罰則には適さないのではないか。たとえば八百長とか審判への買収行為、あるいは資格外の選手の起用など、試合そのもの、あるいは戦力に関する不正に対しては、勝点剥奪は相応しい。今回のような、ピッチ外の不祥事については勝点を削減したりするのはおかしい。クラブが、横断幕を放置したことがいちばんの問題だとすれば、クラブに対する罰金というのも妥当な罰則だったかもしれない。だが、Jリーグが「無観客試合」を選択したのは、「人種差別的行為は絶対に許されない不正なのだ」ということを、Jリーグ関係者だけでなく、広くサポーターやスポーツ関係者に示すための選択だったと考えられる。罰金などに比べて、そのインパクトは、非常に大きい。なにしろ、多くのサポーターは観戦の機会を奪われてしまうのだから。そして、そうした処分を事件が起きてから1週間以内に、つまり次の試合開催までに決定できたのも良かったのではないか。事件そのものは、残念な出来事だったが、その後、迅速かつ正当な処分が下ったことは評価したい。

この問題を報じるメディアの中には、「ヨーロッパでは人種差別反対の意識が強く、処罰も迅速で、また、一部観客席の閉鎖など数段階の措置が取れるようになっている。それに比べて、Jリーグは対応が遅い」といった報道も見られた。またしても、欧州崇拝のようである。ヨーロッパで、そうした処罰が迅速、適正にできるようになっているのは、要するにヨーロッパでは人種差別問題が日常茶飯事的に起こっているからであり、また、かなり昔から起こっていたからだろう。多くの民族が国境を接して存在し、社会の中で混在しているヨーロッパ。旧植民地である中東各国やアフリカ諸国、西インド諸島から数多くの異民族がやって来て定住しているヨーロッパ。そして、そうした有色人選手がサッカー界で多数活躍しているヨーロッパ。それに対して、日本では、サッカー場という場で人種差別事件というのが最近までほとんど起こっていなかったのだ。

もちろん、日本にも在日韓国人や中国人がいるし、日本国内にも沖縄の問題があり、またアイヌなどの少数民族の問題もあるが、ヨーロッパにおける人種問題に比べればその規模は小さい。最近の韓国人に対するヘイト・スピーチのような狭量な国家主義的な動きを考えると、これからこうした問題は増えてくることだろう。サッカー場におけるそうした事象を防ぐために、「無観客試合」という処分は妥当なものだったと言っていい。

しかし、「Japanese Only」という分かりやすい差別表現だったから、処分を行うのは簡単だったが、もっとグレーな表現が使われることも考えられる。イタリアでは、今シーズン、「人種差別」とともに「地域差別」が問題になっている。つまり、トリノやミラノなど北部のサポーターが、南部のナポリに対して差別的表現をするというのだ。ご承知のように、イタリアでは南北の地域間の経済的な格差が大きく、北部には南部からの出稼ぎ労働者も多く、北部には「われわれの税金で南部の面倒をみるのはごめんだ」というので独立運動まであるのだ。だから、南部差別の表現をしたクラブで一部の応援席の閉鎖といった事態に至っているのだ。だが、同じ悪口を言ったとしても、北部同士(トリノ → ミラノ。あるいはその逆)で悪口を言い合っても「差別」にはならないが、ナポリに対して同じ内容の悪口を言うと差別になるということは、差別の意識が処罰を下す側にもあるからということになる。

人種差別、国籍差別、地域差別、性差別等々、さまざまな差別があり、また、実際にはそれらが組み合わさって出てくるはずだ。何が差別に当たり、何が差別に当たらないのか。その基準を作るのは、一つひとつのケースに対して、慎重に、かつ論理的に判断して、いわゆる判例を積み重ねていくしかないのだろう。今後も、Jリーグにはそうした作業を進めてもらいたい。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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