“ジャイアン”の相性で親しまれ、中日、オリックス、楽天、中日と渡り歩く度に球団で人気者となっていた山崎武司。両リーグ本塁打王にも輝き“不惑の星”と呼ばれていた山崎が、昨年限りで惜しまれながら引退した。そして18日、中日と“1日限りの契約”を結び、21日の引退試合に臨む。

同学年の私は、実は高校時代に山崎と対戦したことがある。正確に言うと、愛工大名電の2軍半と対戦し、山崎は出場せずにベンチにいたというオチである。愛知の高校野球といえば、中京、東邦、享栄、愛工大名電といった私学四強が大きな壁となって立ちはだかり、山崎は高校3年間で甲子園には1回も出ていない。

とはいえ、強豪愛工大名電で1年秋から4番だった山崎は、とにかくひとり異彩を放っていた。見るからに身体付きが違う選手がひとりいて、当時ホームランを40本ほど打っており、プロからも注目されているとの噂を耳にしていた。

根性なしの私はベンチ外のボールボーイだったので、ミーハー気質を利用して練習試合前になんとか山崎に近づいてみると、デカイのなんの、どうみても相撲取り。これが同じ高校生なのかと驚愕し、「プロになるには、こんな身体にならないといけないのかぁ」と逆に安心した記憶がある。

山崎と言えば、大器晩成型の象徴でもあり、不遇の時代が長かった。地元では高校生ナンバーワン強打者という触れ込みで愛工大名電からドラフト2位で中日入団したが、1位は同じ地元の享栄高校の近藤真市だった。

第1次星野政権の初めてのドラフトということで、“地元の星”近藤を是が非でも取りたく、5球団競合したが運良く交渉権を獲得し、星野仙一が監督になって初めてガッツポーズをした。その年のドラフト1位は、史上初の全員投手というオマケも付いた。金の卵として期待して入った近藤はデビュー戦をノーヒットノーランという前代未聞の記録を作り、一躍シンデレラヒーロー。

一方、山崎のほうは、近藤が獲れたことで球団側も安心したのか、ドラフト2位とはいえ、そこそこの期待しかしていない。入団して2年間は1軍経験なし。89、90年と2軍ではホームラン王と打点王の2冠を2年連続とるが、1軍ではさっぱりの成績。

よくあるのが、2軍ではホームランバッターだが、1軍に行くとまるっきり打てず、そのまま2軍に慣れてしまい、やがて消えていく……。そして「あの人は今」で大衆雑誌の片隅の企画ページに載るようなタイプに思われたが、山崎は違った。

プロ入り9年目でオームランを16本放つと、翌年の1996年には39本でホームラン王に輝き、10年かかって花が開いた。その後、オリックス、楽天と移り渡り、39歳で再び本塁打王、40代で放ったホームラン総数は、6年間で105本。脅威的な数字である。

顔から見てもわかるように気は優しく力持ちで笑顔が絶えない山崎。2003年オリックスでヒーローインタビュー中のとき、心ないファンからひどいヤジを浴びせられても、「シー、静かに!」と口に手をやり、「叱咤激励してくれるファンもいますから」と大人の対応を見せた。

元・阪神の某選手など、現役時代はヒーローインタビュー中にファンからヤジられてキレてしまったといういきさつもあり、そう考えると山崎はやっぱりいつでもどこでも、“優しいジャイアン”だった

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山本 常三郎
沖縄在住の40代半ばのノンフィクションライター。学生の頃、ライトで9番だったためアダナは「ライク」。ライトで8番じゃなかったことが唯一の救いと思っている。父親が生粋のドラゴンズ党だったため、幼き頃から名捕手木俣達彦のマサカリ打法を叩き込まれ、見事にバッティングを狂わす結果となった。

お知らせ

◆オープン戦放送予定
3月19日(水)午後00:55 中日 vs. オリックス J SPORTS 2

【山崎武司引退試合】
3月21日(金)午後01:55 中日 vs. 東北楽天 J SPORTS 2

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