「第92回高校サッカー選手権の事実上の決勝戦」といわれたのが、5日の準々決勝・市立船橋(千葉)対京都橘(京都)だ。市船は京都サンガ入りが決まっているキャプテンの磐瀬剛とFW石田雅俊、京都橘は名古屋グランパス入りするエース・小屋松知哉とロアッソ熊本入りするGK永井建成を擁するタレント軍団。加えて2013年末に行われた高円宮杯プレミアリーグ参入戦でともに2014年プレミア昇格を決めており、チーム状態はどちらも右肩上がりといえる。指揮を執る市船の朝岡隆蔵監督は2年前の選手権で優勝しており、京都橘の米澤一成監督も前回大会準優勝と、国立で2試合を戦っている。そういう監督の経験値もほぼ互角ということで、極めて拮抗した試合展開が予想された。

1万758人もの大観衆を駒沢陸上競技場に集めて行われた大一番。序盤は市船がやや優勢にゲームを進めた。しっかりしたビルドアップから前線の石田や横前裕大を起点にしつつ、サイドを使いながらゴールをうかがうスタイルは、かつての堅守速攻からやや進化した印象を与えた。中盤の選手たちもスキルが高く、いいタイミングでゴール前へ出ていく。今年の市船は高校総体王者らしく総合力が高く、磐瀬と石田に頼ったチームでは決してなかった。

それでも京都橘は組織的な守りから小屋松、中山俊輝ら前線につないで相手ゴールをうかがう。U-19日本代表レギュラーの小屋松のスピードと決定力の高さを市船もよく理解しており、2枚がかりで止めに行くが、小屋松は冷静に相手を引きつけて味方にパスを出す。そのキレの鋭さと状況判断力は、選手権レベルをはるかに超えていた。

前半は0−0で折り返し、迎えた後半。その小屋松が目覚ましい動きで2得点を叩き出す。最初の見せ場は後半5分、中野克哉が相手から奪ったボールを左に流れた小屋松に出した。エースは相手DFがマークについているにもかかわらず、左足を振り抜いてゴールネットを揺らす。さらに26分には前線に上がっていたボランチ・藤村洋太とのワンツーから、巧みなボールコントロールで角度のないところからシュートを蹴り込んだ。フィニッシュのクオリティの高さはもちろんのこと、周りとの呼吸をうまく合わせながら「生かし生かしあう関係」と築いていたのが見事だった。

市船の朝岡監督も「取るべき人が取ったチームが勝つ。彼がすばらしかったと言わざるを得ない」と小屋松の働きを褒めるしかなかった。市船は2点を失った後、長身FWの田山栄次を起用して石田らと並べ、左サイドバック・山之内裕太からアーリークロスを次々と蹴り込んでパワープレーで得点を狙ったが、最後の最後までゴールを割ることはできなかった。千葉県大会で高円宮杯プレミアリーグ王者の流通経済柏を倒して勝ち上がり、今大会の優勝候補筆頭と言われた彼らも、小屋松の個人能力の高さに沈む結果となってしまった。

「小屋松はいつも通りのプレーをしてくれたと思う。ただ、この大舞台でいつも通りやるのがいかに難しいかというのはある。それをやりとげたのは非常に素晴らしい。1年前は仙頭(啓矢=現東洋大)といういろんなことをやれる選手がいて、小屋松は点を取ることだけに集中できた。しかし今年のウチはみんなで点を取らなければいけないチーム。それを彼自身が感じて、マークを引きつけた。スペースを作ったりしながら周りを生かすスタイルでやってくれた。そこがこの1年間で成長したところじゃないか」と米澤監督も説明していたが、確かに彼は多彩な仕事ができる幅広いアタッカーへと変貌を遂げていた。本人は「守備とかまだまだ足りないところはある」とコメントしていたが、いろんな仕事を献身的にこなさなければ高いレベルでは生き残れないこと、ユース代表で南野拓実(C大阪)らとともにプレーすることで実感したのだろう。

選手権が終わって彼が扉を叩くのは名古屋というJ1屈指のタレント力を誇るチーム。しかも新指揮官には西野朗監督が就任する。若手を積極的に起用していたストイコビッチ前監督とは違い、西野監督は計算できる中堅・ベテランを使って確実に勝ちに行く戦い方を好むタイプ。それだけ小屋松にとってはハードルが高いということだ。だからこそ、今回の選手権でプロに入ってもすぐに通用するクオリティの高さを存分に示さなければならない。市船戦ではまず第一段階をクリアしたが、彼には準決勝・決勝が残されている。昨年果たせなかった全国制覇を達成してこそ、プロ入り後の大きな希望が見えてくる。

11日の星稜戦で彼の一挙手一投足がどうなるか…。1週間後の聖地・国立競技場での一戦が非常に楽しみだ。

photo

元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

スカパー!×J SPORTS J SPORTS オンラインショップ