欧州でプレーする日本人選手は年々増加の一途をたどっている。が、ほとんどが香川真司(マンチェスターU)や本田圭佑(ミラン)のようにJリーグで数年プレーし、実績を残してから欧州にステップアップしている。高校を卒業してすぐに渡欧した伊藤翔(清水)や宮市亮(アーセナル)の例もあるが、それも稀有なケース。大卒選手に至っては皆無に近かった。2004年アテネ五輪に早稲田大学の学生という立場で出場し、卒業後はスペインのバレンシア入りがささやかれた徳永悠平(FC東京)も最終的には海外行きを断念。Jリーグに進む道を選んでいる。

こうした中、2013年ユニバーシアード(カザン)代表のキャプテン・長澤和輝(専修大)は1.FCケルンの門を叩くというニュースが飛び込んできた。ケルンは今季こそブンデスリーガ2部を戦っているが、かつてはドイツ屈指の名門として知られ、奥寺康彦(横浜FC会長)や槙野智章(浦和)、鄭大世(水原)らもプレーした知名度の高いクラブ。プロでの実績のない大学生が、2年半の契約を結ぶというのは異例中の異例と言っていい。しかも彼を1部復帰の切り札と捉えているというから驚きだ。

その長澤が源平貴久監督とともに25日の大学選手権決勝前に東京・国立競技場で記者会見にのぞみ、移籍と経緯と今後の抱負を語ってくれた。源平監督は「当初、横浜F・マリノスの特別指定選手になっていたのでその調整と、夏のユニバーシアードがあったので、進路の判断に時間がかかった。その時点でブンデスリーガ複数のクラブから話が来ていて、本人には全て情報をオープンにして、自分で決めればいいと伝えた。そして本人が秋にケルンに練習参加して、ドイツへ行くことを決めた。日本のクラブにもお世話になったが、向こうで活躍して、日本サッカーに貢献することで恩返しができればいい」と語り、あくまで本人の意向を優先したことを明かした。

長澤本人は「ケルンに練習参加した時、日本のチームとは違って、デカくて速くて強い選手がいっぱいいた。日本では経験できないような経験ができることが分かった。日本でもドイツでも成長できると思って非常に悩んだけど、最終的にサッカー選手としてチャレンジしようと決断した」と話す。ブンデスリーガではマンチェスターUにステップアップした香川真司を筆頭に、内田篤人(シャルケ)、岡崎慎司(マインツ)、長谷部誠・清武弘嗣(ともにニュルンベルク)ら多くの選手が活躍しているが、特にスキルが高く俊敏なアタッカーが重用される傾向がある。長澤はまさにそういうタイプ。本人はそこには自信を持っている様子で、源平監督も「彼なら十分やれる」と太鼓判を押していた。

加えて長澤の利点は人間性だ。数年前まで関東大学リーグ1部に上がれなかった専修大学をトップチームに引き上げ、ユニバーシアード代表のキャプテンまで務めるほど、彼はひたむきな努力家だという。統率力も高く、外国へ行っても物怖じしない一面もあるようだ。言葉が通じず、文化もメンタリティも異なる海外では、自分の意見をしっかりと主張し、周りに納得してもらうような説明能力と強靭な精神力を持ち合わせていなければ成功するのは難しい。すでに22歳という年齢を考えても、すぐに新天地に適応しなければならない。それだけの選手としての器を彼は備えているというから楽しみだ。

ただ、欧州に行っても出場機会に恵まれなかったり、本来とは違うポジションで起用されるケースは後を絶たない。ケルンの先輩である槙野や鄭大世もそういう苦境に直面し、最終的に1年でJリーグやKリーグに戻るという決断を余儀なくされた。ケルンの強化体制がその時とは変わっているとはいえ、プロでの実績がない長澤が同じ轍を踏まないとも限らない。

「彼らとはポジションもプレースタイルも違いますし、自分の特徴を出してしっかりやれれば、結果も違ってくると思う。ケルンで練習参加していた時、ブンデスリーガを何試合も見ましたけど、体がでかくてごつくてっていう選手が数多くいる中で、身長の小さいスキルの高い選手はむしろ生きると思う。ドルトムントにいた時の香川選手や清武選手、ゲッツェ(バイエルン)みたいなプレースタイルを参考にしたいと思います」と彼は自分がやるべきことをしっかりと理解しているようだ。

長澤がドイツで成功できれば、これから大卒選手の欧州クラブ行きが増えるかもしれない。そういう意味で、彼は1つの試金石になるだろう。長澤の一挙手一投足が、今後の大学サッカー界を大きく変えることになるかもしれないだけに、ブンデス2部で新たなスタートを切る若者の今後が楽しみだ。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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