サイ・ヤング賞に値すると言っても過言ではない岩隈久志の2013年シーズンが終了しました。しかし、3年前のボタンの掛け違いがなければ、ポストシーズンでもその雄姿が見られたかもしれません。

まずは、今季の岩隈の素晴らしさを、WARを例に簡単に解説してみましょう。WARとはWins Above Replacement の略で、メジャー最底辺レベルの選手と比べてどれだけチームの勝利に貢献できたかを示します。MLB専門誌の『SLUGGER』はその目安として「3以上ならまず優秀、6以上はMVP級」としています。そして、今季のア・リーグの投手では岩隈とクリス・セール(ホワイトソックス)が7.0で1位タイ。3位は21勝3敗のマックス・シャーザー(タイガース)で6.6(以上、Baseball – Reference発表値)。サイ・ヤング賞に関しては、まだ勝利数が重視される傾向にあるため、14勝6敗の岩隈や11勝14敗のセールが受賞する可能性は残念ながら低いと言わざるを得ません。しかし、岩隈がソコソコの得票を得るのは間違いなく、またそのパフォーマンスは十分それに値するものです。

あえて今季の岩隈に「画竜点睛を欠く」点を挙げるなら、低迷するマリナーズに在籍する悲しさでポストシーズンに出場できないことでしょう。3年前にポスティングでメジャー移籍を表明した際の入団交渉相手がア・リーグ西地区で目下2年連続優勝のアスレチックスだったことを考慮すると、一層その思いが募ります。

3年前の破談の原因は直接的には契約条件でしたが、その深層にはポスティングに関する理解の不足がありました。楽天に対する1910万ドルのポスティングフィーで独占交渉権を獲得したアスレチックスが岩隈に提示したのは4年1525万ドル。年平均381万ドルです。その4年前に全盛期の井川慶(現オリックス)にヤンキースが投じたのが5年2000万ドル、年平均400万ドルであったことと比較してもドルベースでは不当に低いとは言い切れません。しかし、当時の岩隈の代理人が要求したのは「7年1億2500万ドルで、アスレチックスはあまりに高額な岩隈側の要求に恐れをなして交渉から降りてしまった」(Yahoo! Sports USA)とも言われています(正確な金額は不明)。

しかし、岩隈自身が金銭自体にそこまで拘っていたとは必ずしも考えられません。1年後にFAとなり、1年150万ドルで契約したマリナーズ初年度に先発でしっかり結果を出した後、彼はFA市場に打って出ることをせず2年1300万ドル(平均650万ドル)、3年目は700万ドルの球団オプションで100万ドルのバイアウト付きという「バーゲン価格」であっさりマリナーズと再契約しているからです。当時の岩隈再契約に関する現地報道(電子版)に「FA市場に出ればもっと良い条件を引き出せるはずなのに、なぜ残留を選択するのか?」という主旨のファンの書き込みが散見されたほどです。

話を岩隈とアスレチックスの交渉に戻しましょう。そもそも一対多の交渉であるFAにおいては競争原理で契約条件は跳ね上がることが多いのですが、ポスティングでは交渉相手は選べず相対取引きになるため必然的に条件は抑えられます。このことは、2009年に「ドラフト始まって以来の逸材」と言われナショナルズに全体1位で指名されたサンディエゴ州立大のスティーブン・ストラスバーグが、辣腕代理人のスコット・ボラスが「総額5000万ドルの契約が適当」と揺さぶりを掛けながらも、最終的に引き出せたのは今回の岩隈と同水準の4年1510万ドルでしかなかったことでも証明されています。

以上のことから推測されるのは、そもそもポスティングでの移籍とはどういうことかを岩隈が正確に理解していなかった、もしくは彼の代理人がクライアントである岩隈にそれを正確に伝えていなかったということでしょう(代理人がそもそも理解していなかった?)。

ということは、当時それらに対する正しい理解があればアスレチックスとの商談がまとまった可能性もあったのではないでしょうか?もっともアスレチックスに入団したとしても、岩隈が楽天最終年の11年に右肩を故障していること、アスレチックスのビリー・ビーンGMは将来性のある若手を獲得するためならエース級の放出も辞さないことを考慮すると、現在に至るまで在籍を続けていたかどうかは分かりません。

しかし「岩隈がポストシーズンで大活躍していたのではないか?」、アスレチックスも「『マネーボールは短期決戦に弱い』といういわれなき評価を返上することができたのではないか?」。そういう「たら、れば」を拭えない私なのです。

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豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:shotaro.toyora@facebook.com

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