29日の東アジアカップ最終戦・韓国戦(ソウル=蚕室)で、日本代表は想像以上の苦戦を強いられた。「ウチの守備陣がすごく中で頑張っていたこともあって、サイドで起点を作られることが多かった」とボランチの山口蛍(C大阪)もコメントしていたが、目下売出中のFCソウルの両サイドアタッカー、コ・ヨハン(27番)とユン・イルロク(22番)に深い位置までえぐられ、クロスを入れられるシーンが確かに目立った。

これは日本サッカー全体の問題だが、クロスに対しての寄せが甘すぎて、相手に余裕を持ってボールを蹴り込まれてしまいがちだ。この日の駒野友一(磐田)と槙野智章(浦和)の両サイドバックもそうだった。後半頭に槙野が脱水症状を訴え徳永悠平(FC東京)に交代してからはだいぶ落ち着き、「徳永さんが入った安定感はこの試合のキーポイントだったのじゃないか」と同じクラブの森重真人(FC東京)も前向きにコメントしていたが、それまでの守備の後手後手感は問題だ。6月のコンフェデレーションズカップ(ブラジル)の3試合9失点、今大会の3試合6失点という数字を考えても、クロスを上げさせないタイトなマークは徹底すべき課題。これは代表のみならず、Jリーグや育成年代含めて可及的速やかに取り組んでもらいたい。

それだけ攻め込まれたからこそ、この日は森重と栗原勇蔵(横浜)の両センターバックと守護神・西川周作(広島)の頑張りが光った。今大会が国際Aマッチデビューとなった森重の存在感はとりわけ目を引いた。「とにかくやられないってことが肝心だった。実際、あれだけ攻められていても決定的なチャンスというのはほとんど与えていなかったと思うし、その状況を冷静に見られる自分がいたので、慌てることなく来たボールを淡々と跳ね返すという作業ができたと思います」と森重はクールに言う。前半18分にコ・ヨハンが鋭い飛び出しでゴール前に侵入してきた場面で体を入れて間一髪で防いだり、リスタート時にかつてのチームメートであるキム・ヨングォンにしっかり寄せて自由を奪うなど、課された仕事は確実に遂行していた。

後半になって韓国がハイボールを多用してきた後も、抜群の身体能力を生かして跳ね返し続けた。「もともとそんなにヘディングが苦手な方ではないので、そんなに不安はなかったですけど、でも別に勝つことが全てじゃないので、そこで負けたとしても、周りのカバーだったりが重要になってくるので、自分がまず勝つっていうのが一番いいですけど、次のことも考えながら今日は冷静にできていた。自分のやるべきことはやれたと思う」と本人も手ごたえを口にする。

2008年北京五輪代表に選ばれた頃、チームを率いていた反町康治監督(現松本山雅)は「森重はインターナショナルレベルの選手。ポテンシャルの高さは頭抜けている」と評したことがあった。確かにセンターバック、サイドバック、ボランチを難なくこなせて、守備だけでなく球出しの技術も高く、戦術眼に優れたこの選手に目をつける指導者は多いだろう。しかし試合中に冷静さを欠いたり、感情的になってイエローカードをもらうなど精神的な波が災いし、ここ5年間は日の丸をつけて国際舞台で戦う機会からは遠ざかった。そんな彼が今野泰幸(G大阪)の移籍によってキャプテンマークを背負い、人間的にもひと回り成長した。かつてユース代表や五輪代表で一緒に戦った香川真司(マンチェスターU)らが世界で活躍している姿にも刺激を受けた。「真司なんか、自分に見えないところに行ってしまった。でも彼らとまた一緒にやりたい気持ちはつねに持っている」と森重の中にも秘めた闘志はあったという。

それを今大会で遺憾なく発揮し、センターバックでの生き残りに大きく前進した。現在のザックジャパンは吉田麻也(サウサンプトン)と今野が最終ラインの軸で、栗原が第3のDF、伊野波雅彦(磐田)がその次という序列になっている。森重はタイプ的にまず伊野波との競争を強いられるが、センターと右しかできない伊野波に比べると、森重はより多彩な役割を担える。実際、伊野波を超える評価を今大会で得たといっていいだろう。8月のウルグアイ戦(宮城)に再招集される可能性はかなり高そうだ。

その場合、次なるチャレンジは今野とのポジション争いということになる。「今野さんのすごさというのは、東京で一緒にやっていた自分が一番分かっているつもり。まだまだ自分には足りないところはありますし、でも勝ってる部分ももちろんあると思う。自分としてはとにかく上を見ながらやっていくだけ。ダメだったらまた取り組めばいいですし、その繰り返しだと思うので」と語る彼は、表舞台から遠ざかった5年間で身に着けた忍耐力を武器に、どこまでも高みを目指すつもりのようだ。

森重の台頭が日本のセンターバック問題解決の大きな一歩になればいい。この先の彼の動向を注意深く見続ける必要がある。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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