68年前の7月25日、米国のハリー・トルーマン大統領によって、原子爆弾投下指令は承認された。人間が人間を焼き尽くす行為は正当化されたのである。夏、スポーツと平和を考える。スポーツをすれば平和が訪れるのか。そんなに甘くはない。

26年前、元日本代表監督、スポーツ哲学者の故・大西鐵之祐さんは言った。

「(略)修行者集団でない限り、この平和を維持していくことはできないでありましょう」(1987年1月17日、早稲田大学最終講義)

ここでの「修行」とは、スポーツのゲームの場で「知性的」な行動と「愛情や生死や緊急事態」のからむ生身の行動をともにコントロールすることを示す。冷静に、科学的に勝利をめざし、なお、現実の勝負の渦中に発生する非科学的な事態を意思によって制御する。「このふたつのものをコントロールできる人間をスポーツを通してつくっていただきたい」。そう大学の後進に託した。机の上のみならず、グラウンドの真ん中の知性を求め、闘争に逃げずに立ち向かい、なお汚いことをしない。そういう人間が社会のリーダーとなっていくべきだ、と。

大西は、最終講義で「みなさんへのお願い」と前置きして、こうも述べた。

「わたしは(略)8年間戦争にいってきました。人も殺しましたし、捕虜をぶん殴りもしました。(略)そのときに、こうなったら、つまり、いったん戦争になってしまったら人間はもうだめだということを感じました。そこに遭遇した二人の人間や敵対する者のあいだには、ひとつも個人的な恨みはないんです。向こうが撃ってきよるし、死んじまうのは嫌だから撃っていくというだけのことで、それが戦争の姿なんです」

学校で教わった理性、知性は、戦場では「何の役に立ちません」。だから、そうなる前、戦争に突入する前に、闘争的スポーツを通じてフェアプレイを体現して、どんなに勝ちたくともここを踏み越えてはならない、という倫理を身につけた者たちが「グループをつくる」。そのグループを「社会の基礎集団・社会的勢力(ソシアル・フォーセス)」として「戦争をさせないための人々の抵抗の環」とするのだ。

大西は、さらに「若い人たち」に向けて語った。

「権力者が戦争のほうに進んでいく場合には、われわれは断固として、命をかけてもそのソシアル・フォーセスを使って(選挙で)落としていかないと、あるところまでウワーッと引っ張られてしもうたら、もう何にもできませんよ、わたしたちがそうだったんだから」

そして「最後のお願い」で締めくくった。

「私たちは、平和な社会をいったんつくり上げたんですから、これをもし変な方向、戦争のほうに進ませちゃったら、戦死したり、罪もなく殺されていった人々、子供たちに、どうおわびするのですか。(略)ぜひそのことをお考え願いたい」

あの最終講義を講堂の隅で聴いていた。新聞の取材のためだったが、感動してメモを途中から満足に取れなくなった。ジャパン、早稲田大学で、峻厳に勝利をめざし、満々の気迫で勝負の醍醐味と深さを説いた人物が、その先の平和を語っている。弱腰でなく、闘争に邁進してきたゆえの反戦論。スポーツをするから平和なのではなく、スポーツを本当によくした者が「命をかけて」平和を守る。その実感の迫力。当時、ラグビーの名監督の格調高い講義は話題を呼んだ。本稿筆者もこれまで何度か各媒体で紹介してきた。それでも、いま、この夏、原爆投下の決まった日にもういっぺん書いておきたい。

走って、倒して、粘って、それを繰り返す大接戦、どうしても勝ちたい相手に対して、たとえルールの範疇にあっても、本当に汚い行為はしない。ジャスティス(順法)より上位のフェアネス(きれい)を生きる。すると社会に出ても、ズルを感知する能力が研ぎ澄まされる。「変な方向」がわかる。明日の炎天の練習が憂鬱な若者よ、君たちは、なぜラグビーをするのか。それは「戦争をしないため」だ。

photo

藤島 大
1961年東京生まれ。秋川高校−早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。著述業のかたわら、国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めてきた。J SPORTSラグビー中継解説や、著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)『楕円の流儀』(論創社)などがある。

スカパー!×J SPORTS J SPORTS オンラインショップ