2011年10月、アメリカ・メリーランド州にあるモントロス・クリスチャン・スクールでプレイする富樫勇樹のドキュメンタリーを、J SPORTSが放映したのを皆さんは覚えているだろうか?
筆者は取材クルーの一人として現地に渡り、富樫以外にもチームメイト、コーチなど多くの学校関係者と話をする機会があった。

富樫と同級生のチームメイトたちは、モントロス卒業後NCAAディビジョンⅠの大学でプレイしている。エースであり、富樫の留学生活に大きな助けになったジャスティン・アンダーソンは、バージニア大に進むと1年生から出場機会をゲット。メリーランド大戦で17点、クレムゾン大戦で14点という活躍が認められ、2月11日にACCのルーキー・オブ・ザ・ウィークに選出されている。

しかし、富樫はモントロスのあるワシントンDC周辺にあるディビジョンⅠのチームから勧誘されたものの、なかなか進学先が決まらない。昨年6月、NBAが東京で開催したバスケットボール・ウィズアウト・ボーダーズ(アジアでトップレベルのジュニア世代を集めてのキャンプ)に参加した際に話を聞いたが、そのときも未定のままだった。

4〜5時間に及ぶワークアウトを継続しても、時間だけが経過して試合から遠ざかる状況はマイナスと考えた富樫は、日本でプロになることを決意。10月にツイッターとフェイスブックで公にすると、bjリーグのアーリー・エントリー制度を生かし、12月26日に秋田ノーザンハピネッツへ入団することが決まった。日本でプレイすることを決めた理由について、富樫はこう語る。
「本当は戻ってきたくなかったというのが本音。アメリカの大学に行くことを目指してやってきたので…。自分で納得する大学がなかったことと、評価してもらえなかったのが一番です」。

全米屈指の高校でプレイし、NCAAで十分通用するスキルがあっても、大学のコーチたちは富樫の167cmという身長を大きなハンディと感じていた。「サイズはお金で買えない」というフレーズのあるアメリカでは、スキルよりも身長を重視するコーチが依然として多い。スキル不足が顕著でも身長が理由でトップレベルの大学、NBAに入ってしまう例はしばしば起こるのだ。

大学に進学しても出場時間を得られずベンチ座ったままならば、出場機会のあるところに進んだほうがいい。心身ともに著しく成長する可能性がある10代後半から20代前半を無駄にできないことを重視すれば、富樫の決断は十分に理解できる。幼少時から親交があり、「70歳を超えても熱いし、すごく尊敬しています」という中村和雄コーチのいる秋田は、新たなチャレンジをスタートさせるうえでベストの選択だった。

富樫のプロデビューは、2月2日の富山グラウジーズ戦。クイックネスを生かしたペネトレイトからフィニッシュやアシストを連発し、40分間のフル出場で15点、11アシストのダブルダブルで秋田の勝利に大きく貢献した。2月10日の群馬戦までの4試合、富樫は全試合で2ケタ得点をマークし、平均アシストも8.5という数字はポイントガードとして合格点を与えられる。筆者は2月9〜10日の群馬戦で久々に富樫のプレイを生で見たが、実戦から遠ざかっていながらも、持ち味を発揮していると感じた。
「10か月も試合から離れていたので、正直きついという部分はあります。試合が練習ではないですけど、感覚を試合で戻していくしかない。自分の中では試合感覚の戻りがゼロに近い」と、富樫自身は現状に不満を感じている。群馬との2試合で犯した12本のターンオーバーは、実戦から遠ざかっていたことと、bjリーグの試合に順応する時間が必要なことを示すものだった。

とはいえ、プロとしてのスタートは上々。中村コーチが富樫を軸にチームを作り始めたことからすれば、活躍の機会が今後も増えても驚くべきではない。これからが楽しみな日本の若手として、富樫は注目に値するプレイヤーだ。機会があれば、秋田の試合を観戦することをお勧めする。

秋田ノーザンハピネッツ公式サイトはこちら

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青木 崇
NBA専門誌「HOOP」の編集者からフリーのバスケットボールライターとなる。NBAファイナル、NCAAファイナル4、世界選手権などビッグイベントの取材や執筆活動を行なっている。

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