準々決勝から1週間が空き、12日に行われた第91回高校サッカー選手権準決勝。特に注目していたのが京都橘対桐光学園の第2試合だった。2012年高円宮杯プレミアリーグに参戦した青森山田(青森)、旭川実業(北海道)、作陽(岡山)、参入戦で勝った大津(熊本)と実力校が次々と姿を消した。残ったのは参入戦で勝った桐光だけ。U‐18日本代表DF諸石健太(3年)、10番を背負うゲームメーカー・松井修平(3年)、右サイドのテクニシャン・橋本裕貴(3年)、エースFW野路貴之(3年)ら攻守に個人能力の高い選手を揃えており、優勝に最も近い存在だと思われた。

桐光が前回、国立まで勝ち上がったのは16年前、97年正月の選手権である。当時のことは鮮明に覚えているが、司令塔の中村俊輔(横浜)を軸に、DF佐原秀樹(元川崎)、井手口純(元横浜)、スピード抜群の右サイド・小笹健二(前YSCC)、FW宇留野純(バンコク・ユナイテッド)…と個性豊かな面々の揃ったいいチームだった。

彼らは準決勝で倉貫一毅(京都)や坂本紘司(前湘南)、南雄太(熊本)らを擁する静岡学園(静岡)と対戦。緊迫した好ゲームはPK戦へともつれ込み、桐光は何とか勝ちをモノにして決勝に進んだ。が、その相手である市立船橋(千葉)には北嶋秀朗(熊本)や中村直志(名古屋)ら百戦錬磨のタレントがいた。チームを率いる布啓一郎監督(現日本サッカー協会ユースディレクター)は佐熊監督の日体大時代の3つ先輩。大舞台で戦いたくない相手に違いなかった。加えて、佐熊監督の痛手となったのが、エース・中村俊輔の発熱である。10番を背負う男は風邪をこじらせ精細を欠いた。そのダメージはあまりにも大きく、桐光は1−2で苦杯を喫してしまう。俊輔は国立の取材ゾーンで号泣していたが、まだ若かった佐熊監督は「いつか再びチャンスが訪れる」と信じていたのではないか。その頃のことを問われ、「当時は俊輔たちがいて、選手たちに国立まで連れてきてもらっただけ」と指揮官は謙虚に振り返っていた。

その中村俊輔がベテラン選手になるほど長い長い年月が過ぎ、桐光はプレミアに昇格するユース年代屈指の強豪になった。俊輔や藤本淳吾(名古屋)の後を追いかけるように、横浜F・マリノスや川崎フロンターレ、湘南ベルマーレなど近隣のJクラブから桐光の扉を叩いてプロを目指す選手も増えた。今回のチームでも諸石、野路らは横浜、松井は川崎のジュニアユース出身だ。そういう選手たちを鍛える立場の佐熊監督も海外遠征を重ねて知識・経験を積み重ね、S級ライセンスを取得するなど精力的に活動してきた。「以前よりは自分で考えてこうしたいと考えられるようにはなったのかな」とベテランとなった指揮官はしみじみ語る。

だからこそ、日体大の後輩に当たる米澤一成監督率いる京都橘には負けたくなっただろう。けれども、この日ばかりは桐光らしい試合巧者ぶりが影を潜めた。前半立ち上がりに京都橘の強力2トップの一角を占める小屋松知哉(2年)にDFラインの間に飛び込まれ、1年間かけて構築してきた堅守にかすかな綻びが生じた。

普段なら最終ラインから松井のいるボランチに当ててサイドを使いながら中央を狙う形スムーズに出せるのだが、今回はどうも攻撃が機能しない。佐熊監督も「国立という場所に飲まれたところがあった。攻めきれずにカウンターを食らう場面が多く、リスクマネジメントをしていたのに想像以上のカウンターを受けた」と悔しさをにじませる。そして前半終了間際、小屋松とコンビを組むFW仙頭啓矢(3年)にこぼれ球をゴールに押し込まれてしまい、完全に劣勢に回った。

「このままじゃ後悔するぞ」と指揮官はハーフタイムに選手たちを鼓舞。巻き返しを図ったが、後半に入っても中盤が落ち着かない。修正しきれないまま前がかりになり、小屋松、伊藤大起(3年)に2失点を食らった。終わってみれば0−3の完敗。堅守速攻を極めた京都橘というトーナメント向きのチームにしてやられる格好となってしまった。

「勝ちきれなかったのは私の力不足だと思う」と佐熊監督は淡々とコメントした。それでも、Jで即戦力になるような頭抜けた個人がいなかった今年のチームの組織力をまずは伸ばし、個の力も引き上げるというアプローチ方法が間違っていなかったことは、選手権4強という結果によって証明された。「選手たちを次のステップにつなげる意味でベクトルは間違っていないのかな……」と彼は会見でつぶやいた。そう発言できるところが16年前との大きな違いなのだろう。

このように指導者はトライ&エラーを繰り返しながら成長していく。8年前と全く同じPK戦で敗れた星稜の河崎護監督もきっと次の策を講じてくるはずだ。時代は変わり、選手も変わっても、監督たちの情熱とバイタリティは永遠である。佐熊監督がこの先、どんなチームを作って選手権タイトルに再チャレンジするのか。それを楽しみに待ちたい。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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