アーセナルへ復帰する宮市亮と、現在チャンピオンシップで首位を独走し、プレミアリーグ昇格が濃厚なサウサンプトンの李忠成。来季は少なくとも2人の日本人選手がプレミアリーグでプレーする。どのカードへ取材に行くか、頭を悩ませなければならない。と思っていた矢先、サウサンプトンのFW李忠成が右足を骨折し、復帰まで4−6カ月の重傷を負った。

李は8月18日の来季のプレミアリーグ開幕戦での復帰を目指しているが、わずか4カ月半しかない。今回、李が負った中足骨骨折とは、サッカー選手にとって、いわば「職業病」のようなものだが、実にやっかいで、治りにくい負傷なのだ。

3月13日の練習中、李は足裏を踏まれて負傷。打撲のみの軽傷で、当初は1−2週間で復帰できると見られていた。ところが痛みが消えず、ロンドンの専門医に見てもらったところ、右足の第2中足骨(人差し指)のじん帯が付随する部分が剥離骨折していることが分かったという。すぐに30日、骨折した部分にワイヤーを通してビスで留める手術を受けた。時間はわずか20分間。ごく簡単な手術だったが、この部位は本来、血行が悪いため、骨が癒合するのに時間がかかるといわれる。

これまでも多くのプレミアリーグの選手たちが、この中足骨骨折を患って来た。例えば2002年4月にデービット・ベッカムが左足第2中足骨を骨折。6週間の診断を受け、ワールドカップ(W杯)日韓大会への出場が危ぶまれたが、酸素カプセルなど、あらゆるリハビリ方法を駆使して、見事7週間後に復帰した。日本の各地のスタジアムで、ベッカムの雄姿を実際に見た人もいるだろう。一方、ベッカムの負傷から2週間後、同じイングランド代表のガリー・ネビルは左足第5中足骨を骨折。ワールドカップ出場を逃し、復帰したのは21週間後だった。

他にも多くの選手が、中足骨骨折を負ってきた。その一部を挙げると…。
▪ ダニー・マーフィー: 2002年、左足第2中足骨骨折、診断6週間、実際は21週間後に復帰
▪ スコット・パーカー: 2004年、第2中足骨骨折、診断8週間、実際は34週間後に復帰
▪ ウェイン・ルーニー: 2004年、右足第5中足骨骨折、診断8週間、実際は14週間後に復帰 / 2006年、右足第4中足骨骨折、診断6週間、実際は6週間後に復帰
▪ マイケル・オーウェン: 2005年、右足第5中足骨骨折、診断6−8週間、実際は17週間後に復帰
▪ アシュリー・コール: 2005年、第5中足骨骨折、診断6−8週間、実際は12週間後に復帰)

このデータから分かるように、中足骨骨折とは、部位や人によって、実際に復帰できるまでの日数はそれぞれ違う、ということだ。関係者によると、李は今後2週間ほどサウサンプトンで治療に専念し、今月中に日本へ一時帰国。1カ月ほど滞在してリハビリを行う予定だという。その後、再渡英してサウサンプトンでリハビリを続け、来季開幕戦での復帰を目指す。

李は自身のブログで、「自分自身をまだ整理できていません」と心中を吐露している。一方で「自分にプラスに働く『何か』が必ずあるはず」と前向きな心境も明かしている。1月に移籍して、2月18日のダービー戦で初ゴールを決め、以後4戦連続で先発し、レギュラーの座を掴みかけていたところだったから、悔しさもひとしおだろう。

だが、この中足骨骨折とは、言い換えれば、コンタクトプレーが激しいイングランドでプレーしている証であり、いわば洗礼のようなものだ。イングランドで成功するためには、誰もが通る道なのである。李の場合は、まだイングランド1年生だ。これを機会にじっくり英語を特訓し、上半身を鍛え、負傷した右足以外の部分をプレミア仕様に改造する好機と考えるべきだろう。その先に李自身がいま、おぼろげに感じている、「何か」が必ずある。

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原田 公樹
1966(昭和41)年8月27日横須賀生まれ、呉育ち。国学院大学文学部中退。週刊誌記者を経てフリーのスポーツライターとして独立し、99年に英国へ移住。ウェンブリースタジアムを望む、北ロンドンの12階のアパートメントに住んでいる。東京中日スポーツやサッカーマガジンに寄稿し、ロンドン・ジャパニーズの不動の左サイドバックでもある。 »Twitterアカウント »メールを送る

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