3日に行われた高校サッカー選手権3回戦の清水商対市立船橋の名門対決は、今大会屈指の注目カード。市原臨海は7000人以上の観客が終結。北嶋秀朗(柏)ら94年度、96年度優勝メンバーがズラリ揃う中、市船の後輩たちが堅守をベースに、セットプレーから得点するという伝統的な勝ち方で3-0の勝利を挙げた。

2日の初戦・長崎日大戦では信じられないミスから開始30秒で失点し、会場を訪れていた布啓一郎元監督も激怒したというが、布元監督から薫陶を受けた94年度優勝メンバーの一員である朝岡隆蔵監督はすぐさま守備を建て直し、市船健在をしっかりと示した。苦境を乗り越えた時の市船は強い。本命不在という今大会にあって、2010年夏の高校総体(沖縄)で優勝した和泉竜司、菅野将輝、岩渕諒らの経験値も大きい。5度目の全国制覇は十分ありえそうだ。

その傍らで、今年度限りで定年退職を迎える清水商の名将・大滝雅良監督が悔しそうな表情を浮かべていた。大会前に静岡県選抜のボランチ・青木翼が骨折。その穴を2年生の小山祥生が必死に埋めて1・2回戦を勝ち上がったが、雌雄を決する大一番の市船戦を前にFW佐野翼と右アタッカー・遠藤維也の2人が離脱した。「チームの10%が欠けたらまだ何とかなるが、30%がなくなったらどうしようもない。ウチは公立だし、少ない選手層でやってるから」と大滝監督がこぼした通り、市船守備陣を攻略しきれなかった。

エース・風間宏矢も肉弾戦が得意な市船の1年生・磐瀬剛のガムシャラな守備に封じられた。「あの1年生のスッポンマークはすごかった」と北嶋も眼を丸くしていたが、風間はほとんどボール持てず、前を向かせてもらえなかった。見せ場のFK2本も不発。「宏矢はもっとシンプルにやるべきだったのに、細かいことをゴチャゴチャやりすぎた」と名将もまたも苦言を呈した。風間にはエースナンバー8を与え、大きな成長を期待し続けただけに、最後まで厳しい言葉をあえて浴びせたのだろう。

清商は2013年度から近隣の庵原(いはら)高校との合併が決まっている。「庵原高校は30年後に老人センターにする」という取り決めが、その計画通りに粛々と物事が進められている。すでに2010年夏前から清商グランドに庵原高校分の校舎建設が始まっており、部員90人を擁する清商サッカー部はグランドが半面しか使えなくなり、まともに練習できなくなった。

選手権出場が決まってからは関係者の配慮で草薙球技場や清水総合運動場など芝生グランドを優先的に使えるようになったが、それまでは大滝監督らが自力で使える場所を探していたという。「もう埋まってます」とアッサリ断られることも多く、選手権3回優勝の伝統を誇る学校とは思えない扱いを受けたようだ。「2012年春に入ってくる中学生の中にも、この現状を見て『そういう環境ならちょっと…』と静岡県東部の環境が整っているチームに流れてしまった子がいた」と名将も嘆いていたほどである。

それに加えて、清商の名前さえも残せるかどうか分からない。静岡県サッカー界を引き上げた名門校の学校名を残すべく、同校OBの藤田俊哉(千葉)らが静岡市の教育委員会にお願い行脚に行くなど、運動はかなり前から行っている。しかし「まだどうなるか分からない」と大滝監督は言う。「清水工と静岡工が合併して科学技術高校になったんで、同じような形になるかもしれない」と指揮官も憂鬱そうに話していた。全国を見渡すと、商業高校でも普通科を含む学校が全くないわけではない。清商も名前を残して商業科・普通科のある学校として再出発しても全く問題ないのだ。

大滝監督は「今回の選手権で勝ち進んで、この問題への全国的関心を少しでも高められればいい」という考えを持っていた。しかし不運にも3回戦で市船と当たったことで、静岡県内でのアピールはうまくいかなかった。が、サッカー関係者は清商の存在意義をよく分かっている。名波浩(現解説者)、川口能活(磐田)、小野伸二(清水)ら数多くのワールドカップ選手を送り出しただけでなく、風間八宏(筑波大監督)、江尻篤彦(U-15代表コーチ)ら指導者になった元選手も数多くいる。このチームの日本サッカー界への貢献度がいかに大きいかを我々は今一度、再認識すべきだろう。

清商の現体制はあと1年。本当に学校名が変わってしまうのだろうか。定年を迎える大滝監督がチームに残れるかどうかが1つのカギとなる。時代は移り変わっていくが、変わってほしくない伝統と歴史はある。清商が選手権から去ってしまっても、この問題への関心はもっともっと高めていきたいものだ。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。

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