このところロウブが圧倒的強さを発揮して最終戦までタイトル争いを持ち越すことがなかったWRCですが今年は違います。今シーズンのタイトルは未定ですからラリーファンの関心を最後まで引き付け、また最終戦開催の主催者が待ち望んできた状況です。

今年で67回目の開催となりますが、モンテ・カルロに次ぐ歴史のあるイベントでWRCとしての開催も累計で39回を数える名門ラリーです。長い間RACラリーと称されていましたが2000年よりRally of Walesとして、それ以前の地域を狭めてウエールズを中心に開催されるようになりました。

昨年よりFIAの規則の適用が緩やかになり距離、路面、サービス拠点、開催期間などのに自由裁量の幅が広がってそれぞれの主催者が工夫をし始めました。今回のGBもこれを利用して大きく変わることになりました。ウエールズの北部の町Llandudnoを木曜日にスタートし、SS3本を走行し同じ場所に戻り、金曜日・土曜日はLlandudnoと最終ポディウムのあるおなじみのカーディフの中間地点のBuilth Parkのサービス拠点を中心に行われます。しかも金曜・土曜のパークフェルメはカーディフですから、この2日間は最終サービスが終わってから更に107キロを往復することになります。

この結果、全走行距離に対するSSの比率は大変低くなり、木・金では16%,土曜22%,日曜19.5%と最近のコンパクト化されたラリーが30%を越えることがあるのに比べ、リエゾンが極めて長いものになっています。長いリエゾンは私の現役時代のRACラリーによくあった話です。こうなる理由は種々ありますが、英国では公道における競技走行が日本と同様禁止されていますのでSSは私有地(林道など)で行われます。ラリーとして使える場所が点在していますからどうしてもつなぎ(リエゾン)が長くなるのです。Llandudnoのパークフルメアウトが朝5:30、カーディフのアウトが土曜6:00,日曜4:50ですから人間の耐久試験でもあり、チーム要員や報道陣も同様つらい思いをすることになるでしょう。

日曜日の一部のSSにはターマックとグラベルのミックスステージがあります。もともとこの時期の英国は雨が多く、霧やひょっとして降雪も考えておかねばなりません。路面は滑りやすいなで肩で、道路の外側は踏ん張りがきかない路面です。RACの時代から北欧系のドライバーが強みを発揮し、また近年にはマクレーやバーンズの英国人も活躍しましたが、ごく最近の3年間はロウブが3連勝しています。前のラリー・スペインではロウブが自力で優勝を勝ち取り、ヒルボネンはチームオーダーで助けてもらった2位でした。この二人が年間チャンピオンに向けて激しく競うことになりますがどうもヒルボネンのほうは最近覇気がないように思えます。2台とも完走すればロウブの優勢は崩れないでしょう。

戦いが激しいほどコースオフや故障の原因となりますので気を許せないところです。過去にはこの最終戦でゴール寸前でのリタイアの悲劇が起きています。私もサインツが最終ステージでプロペラシャフト脱落やゴール寸前でのエンジントラブルの経験があります。そのときのラリーマネージャーは放心状態になりその後数週間は仕事が出来なくなってしまいました。

ところで余談ですが、今回のラリーマップや行程表を見ているとスンナリ読めない地名がふんだんに出てきます。例えばLlandudno、Machynlleth,Aberystwyth,Dyfi,Dyfnant,のように英語であっても読みにくいアルファベットの羅列のような地名です。英国北部にはケルト語の影響を受けた場所が沢山あるためです。実際に地図と標識を頼りにドライブしているとすぐに頭に入らない地名があるので大変困ります。

ラリー概要は次の通りです。

Day1-3 | SS本数 | SS km | Liaison km | Total km
Day 1 (11/10-11) | 11 SS | 142.87 km | 748.12 km | 890.99 km
Day 2 (11/12) | 6 SS | 128.06 km | 454.10 km | 582.16 km
Day 3 (11/13) | 6 SS | 84.04 km | 347.50 km | 431.54 km
Total | 23 SS | 354.97 km | 1549.72 km | 1904.69 km

FIAではラリー日程の日ごとの区分けをデイ(Day)といっていましたが最近これを以前のレグ(Leg)に戻したようです。GBの行程表ではレグやデイの表現が使われていません。単に日付で区分しています。

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福井 敏雄
1960年代から欧州トヨタの輸出部員としてブリュッセルに駐在。1968年、トヨタ初参戦となったモンテカルロからラリー活動をサポート。トヨタ・モータースポーツ部のラリー担当部長、TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)副社長を歴任し、1995年までのトヨタのWRC圧勝劇を実現させた。

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