航空券も、ホテルの手配も終わり、タジキスタン旅行の準備もあらかた終わったところである。あとは、平壌にどうやって潜入するかが課題……。まあ、平壌が無理なら仕方がないと思っている。今回はタジキスタンが優先である。

「タジキスタンが優先」という唯一最大の理由は、「タジキスタンにはまだ行ったことがないから」である。僕は、これまで79の国を訪れたことがあるが、そうなると、なかなか行ったことがない国を訪れるチャンスが少なくなってくる。「新しい国」……。最近では、南アフリカ・ワールドカップの前後にモザンビーク、ジンバブエ、ザンビア、ナミビアを観光して回ったのが最後である。で、北朝鮮は1985年のメキシコ・ワールドカップ予選のときに、なんと1週間も滞在したことがあるので、まあ、今回は行けなければ行けないでそれでもいいのである。試合も、もう消化試合になるかもしれないわけだし……

タジキスタンの首都(試合の開催地)ドゥシャンベは、ソビエト連邦時代に作られた町。つまりまだ作られてから100年も経っていない新しい町なので、それほど見るべきところもなさそうだが、それでもタジキスタンという国は興味津々である。

タジキスタンの主要民族はタジク人。国名は「タジクの国」という意味だ。そのタジク人はイラン系の民族である。「タジク」というのは、周囲のトルコ語系統の言葉を話す人々(たとえば、カザフ人とかウズベク人とか)が、ペルシャ語系統の言葉を話す人々のことを呼んだ呼称だという。つまり、タジク人というのはモンゴル系でトルコ化された民族であるカザフ人やウズベク人とは違って、ヨーロッパ人やペルシャ人と同じくアーリア系の民族なのだ。

ドゥシャンベで泊まるホテルとして、僕は試合会場となるツェントラルニー・スタジアムのメインスタンドから100メートルくらいという至近距離にある「イスティクロル・ホテル」を選んだ。試合会場に近くて歩いて行けるのはとても便利だし、また、数年前に建てられたホテルなのでインターネット接続も含めて設備も整っているだろう。そう思って、このホテルを選んだのだ。

さて、「イスティクロル」という言葉を聞いて、「おやっ?」と思った方は、タジキスタンのサッカーについて詳しい方に違いない。そう、「イスティクロル」というのは、そのツェントラルニー・スタジアムを本拠地としたチームの名前と同じなのである。「イスティクロル」は、2007年創設の新興クラブながら、昨年、早くもタジク・リーグで初優勝を飾ったチームだ。

シリアとの2次予選で敗れて、代表チームは解散し、代表監督も不在だったタジキスタン。シリアの失格によって3次予選出場権が転がり込んできたので、急遽代表チームを編成せねばならず、その昨季チャンピオンである「イスティクロル」のアリムゾン・ラフィコフ監督を代表監督に据え、選手もほとんどイスティクロル所属の選手で代表チームを編成してきた。

ホテルの名前がチャンピオン・チームと同じというだけでは、別に面白くも何ともないが、この「イスティクロル」(ローマ字表記ではISTIQLOL)という文字を見ていて、別の有名チームの名前を思い出す人もいることだろう。ヒントは、「タジキスタンはイラン系の国」という点である。そう、イランには「エステグラル」という有名チームがある。

「エステグラル」はテヘランをホームとした名門チーム。同じくテヘランにある名門ペルセポリス(ペルージィ)とのダービーマッチは、毎試合、10万人収容のアザディ・スタジアムのスタンドを埋め尽くす、テヘラン市民にとっての大イベントとなっている。

そう、タジク語の「イスティクロル」は、イラン語(ペルシャ語)の「エステグラル」と同じ言葉なのだ。意味は「独立」である(「エステグラル」あるいは「イスティクロル」という言葉は、ペルシャ語だけではなく、トルコ語系の諸言語でも同じく「独立」の意味を持つ)。その、テヘランの「エステグラル」は、1979年のイスラム革命の直後に改名された名称で、かつては「タージ」と名乗っていた。

かつて、親米的で独裁的なパフラヴィ国王の下で、豊富な石油資源によるオイルマネーを使って近代化・工業化を進めてきたイラン。そのパフラヴィ国王に対して、民主勢力、保守的なバザール商人などが「反国王」の旗印の下で結束して起したのが1979年のイスラム革命だった。革命後、結局、イスラム法学者であるホメイニ師の下で、厳格な宗教国家「イラン・イスラム共和国」が樹立されて、現在に至っている。

「タージ」というのは「王冠」という意味。つまり、王制を連想させる言葉だった(たとえば、スペインで王室との結びつきを示す「レアル」という名称を持つクラブのエンブレムには「王冠」が描かれている)。だから、反国王革命後のイランで「タージ」という名称は使えなくなったのだ。そこで、革命直後の1979年に、クラブは「独立」を意味する「エステグラル」という名称に変更したのである。タジキスタンの「イスティグラル」の場合、その意味はもちろん「ソ連からの独立」という歴史的な事実を表現しているのだろう。

さて、「エステグラル」の名称が「タージ」だったということになると、さらに言葉の連想ゲームが進む。そう、「タジキスタン」、「タジク」民族。この言葉にも「タージ」が含まれているではないか!周辺の諸民族が、ペルシャ語系の言語を話す人々を「タジク」と呼んだわけだが、その言葉の本来の意味は「王冠」だったのである。そして、現在のタジキスタン共和国の国旗も、上から赤−白−緑と、イランの国旗と同じ配色の三色旗であるが、その中央には王冠すなわち「タージ」が描かれている。

タジキスタンとは、どんなところなのか……。言葉の遊びをしているうちに、ますます興味は尽きなくなってきた。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授