2011年女子ワールドカップ(ドイツ)優勝から1ヶ月。国民栄誉賞を受賞したなでしこジャパンの凱旋試合が19日、東京・国立競技場で行われた。対戦相手はなでしこリーグ選抜。かつて代表のユニフォームを着た宮本ともみ(伊賀)や柳田美幸(浦和)らに加え、中野真奈美(岡山湯郷)や木龍七瀬(日テレ)ら「なでしこ予備軍」を揃えた相手となった。それでも9月1〜11日に中国・済南で開かれる2012年ロンドン五輪女子アジア最終予選に向けて、いいテストの相手といえるだろう。

今回のなでしこは安藤梢(デュイスブルク)や永里優希(ポツダム)、熊谷紗希(フランクフルト)、鮫島彩(ボストン)ら海外組は不在。しかし、最終予選では中1日という超過密日程を強いられるだけに、控え組の力も非常に重要になってくる。このリーグ選抜とのゲームはなでしこの選手層を図る絶好のチャンスだった。

佐々木則夫監督は熊谷に代わるセンターバックとして田中明日菜(INAC神戸)、鮫島の左サイドバックに矢野喬子(浦和)を起用。FWには丸山桂里奈(千葉)と川澄奈穂美(INAC神戸)を先発させた。丸山と川澄はドイツでも結果を出していて心配なかったが、問題は守備。そこに注目して試合を見た。

前半はその懸念材料をチェックする展開にはならなかった。リーグ選抜が1回練習しただけの急造チームということもあり、序盤からなでしこは人とボールの動く連動性の高いサッカーで押し込んだからだ。流れるようなパス回しで主導権を握り、15分には早速、左サイドを崩して宮間あや(岡山湯郷)のラストパスに反応にした近賀ゆかり(INAC神戸)が先制。この3分後にも澤穂希(INAC神戸)のインターセプトを起点に丸山のドリブルシュートのこぼれ球を川澄が押し込んで2点目が入る。そして23分には世界最高のキッカーの呼び声高い宮間のFKに阪口夢穂(新潟)が反応。頭で合わせて3点目を奪った。この時点でなでしこは試合を決めてしまう勢いだった。攻撃の中心選手が揃った前半は「世界王者」の貫禄を示す流れだった。

ところが、状況が一変したのが後半だった。佐々木則夫監督はドイツでの決勝・アメリカ戦で退場した岩清水梓(日テレ)が最終予選初戦・タイ戦で出場停止になることから、あえて岩清水を下げた。最終ラインは近賀、田中、矢野、上尾野辺めぐみ(新潟)という試合経験の少ない4バックになった。その矢先の4分、リーグ選抜に左サイドを思い切り抜かれ、途中出場の木龍のクロスから菅澤優衣香(新潟)に豪快なゴールを決められた。澤は懸命に走って空いたスペースを埋めようとしていたが間に合わなかった。

「裏を突かれた。狙われたのは分かっていた。スピードある選手が出てきて、もう少しDF4枚が連携をもってやらないといけなかった。自分が上がるタイミングも反省しないといけない」と近賀は反省しきりだったが、彼女の攻撃参加を最終ラインはしっかりとサポートしないといけないはず。リーグ選抜の星川敬監督(INAC神戸)は「なでしこの弱点はセンターバックのスピードのなさ」とズバリ指摘している。岩清水と熊谷が揃わない時、その弱点が一段と浮き彫りになるだけに、対戦相手がそこを突いてくるのは間違いない。いかにして守りの課題を修正するのか。佐々木監督にとっては頭の痛い問題点が浮上したといえる。

さらになでしこは守備ブロックを作ってきたリーグ選抜に対し攻めあぐねた。後半途中に澤が下がって宇津木瑠美(モンペリエ)と阪口がボランチを組んだことで、思うようにゲームメークができなくなったのも大きい。宇津木と阪口が下がりすぎてしまい、サイドの川澄と宮間の中に絞って攻めを組み立てようとするが、逆に相手に外を駆け上がるスペースを与えてしまった。

「澤さんと夢穂が並ぶ時は澤さんが前、夢穂が後ろに入るのに、私と夢穂が組む時は夢穂が前になる。誰が出ても同じようなプレーができるようにお互いの特徴を出し合っていかないといけない」と宇津木が言えば、阪口も「誰と組んでもスムーズにできるようにならないと。もっと声を掛け合ってコミュニケーションを取る必要がある」と神妙な面持ちで語っていた。澤という大黒柱が万が一、連戦のどこかで離脱することがあったら、なでしこはどうするのか…。最終的にこの試合には3-2で勝利したものの、こうした課題が改めて浮き彫りにされた。

超過密日程の最終予選では何が起きるか分からない。2戦目の韓国戦でつまづくようなことがあれば、その後のオーストラリア、北朝鮮、中国戦に影響が及ぶのは必至。それだけは何とか避けないといけない。星川監督が「今回出た課題を最終予選に生かしてほしい。そのためにあえてやった」と話していたが、教訓を生かさなければ試合をした意味がない。世界王者の重圧がかかる今こそ、彼女たちの真価が問われる。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。