5月30日の代表合宿スタートから1週間以上、3-4-3の新システム習熟にほとんどの時間を割いたザッケローニ監督。7日のチェコ戦(横浜)はその集大成となる場だった。ペルー戦(新潟)もチェコ戦も相手が1トップなのに3バックで守るというのはセオリーに反しているし、ワールドカップ予選スタートが9月に迫っているのを考えるとわざわざリスクを冒す必要もなかった。それでもあえてトライするのだから、指揮官の執念とこだわりは凄まじいものがあるようだ。

結果的にはご存知の通り、今回もスコアレスドローに終わった。ペルー戦に比べれば内田篤人(シャルケ)と長友佑都(インテル)の両サイドハーフが高い位置を取っていたし、吉田麻也(VVVフェンロ)と伊野波雅彦(鹿島)の両ストッパーの外へのスライドも素早かった。しかしチェコも日本の3-4-3を研究していて、いち早く中央を固めてブロックを作った。そのうえで内田と長友の攻めあがるスペースを消したのだから、日本の攻め手はなくなってしまう。キャプテンの長谷部誠(ヴォルフスブルク)が「中盤では結構回せるんだけど、トップ下もいないし、クロスを上げても中に人がいなくて攻撃の厚みがないと感じた」と指摘する通り、ゴール前で李忠成(広島)とウイングの片方が数的不利にさらされるシーンも多く、まだまだ完成形は難しいと感じざるを得なかった。

なんとなく不完全燃焼感の残る一戦だったが、1つ興味深いポイントがあった。それは後半途中に遠藤保仁(G大阪)と交代してボランチに入った家長昭博(マジョルカ)のパフォーマンスである。

遠藤の後継者問題はザックジャパンにとって大きなテーマというのは前にも書いた。遠藤ほど攻守両面に絡めて、リズムを変化でき、中盤を安定させられる選手は他にいないからだ。けれども、彼はブラジルワールドカップの時は34歳。指揮官としては「万が一の場合」を想定しておく必要がある。そこで今回、柴崎晃誠(川崎)を初招集したのだが、年代別代表歴もなく国際舞台で未知数の彼をいきなり使うのは難しい。今回の練習でも周り気を配りながら、ザック監督の意図を実践するので精一杯という感じだった。

そんな中、急浮上してきたのが家長だった。マジョルカでは左サイドで使われることの多い彼にとって、中盤の真ん中での起用は青天の霹靂だったかもしれない。合宿前半は「監督にも真ん中で練習してくれと言われたけど、まあ、そこが全てじゃないと思う。やれといわれればどこでもやるつもりだけど」と何となく煮え切らない発言を繰り返していた。ザック監督が4日の練習後「アキをセントラルMFで見てみたい。彼にはその資質が十分ある」と公言したことで、本人も徐々に決意を固めていったのではないか。試合前日には「自分はボランチの選手じゃないと思ってるし、そういう枠にも収まりたくない。守備とか約束事はきちんと守りながら、あとは自由によさを出したい」と独自色にこだわりながらやっていこうと思ったようだ。

微妙な変化を見せていた彼が実際に遠藤と代わる場面が訪れたのだから、見る側としては興味が沸いて当然である。終盤になって疲労の溜まったチェコが間延びしていたこともあり、家長が前を向いてボールを持てる状況は何度かあった。さすがはテクニックに優れた男だけに、パス出しは全く問題ない。G大阪ジュニアユース時代からお互いを知り尽くしている本田圭佑(CSKA)とポジションチェンジして前に出て行く場面も見られ、攻撃に関しては新たな可能性が垣間見えた。

ただし、やはり課題といわれた守備の方はバイタルエリアを埋める動きが遅れたり、カバーリングがスムーズでなかったりと、安定感をたびたび欠いた。家長がボランチに慣れていないため、最終ラインがナーバスになって下がりすぎたり、本田が引きすぎて3ボランチ気味になる弊害も生じた。

高校時代からボランチを極めている遠藤と同じだけの重量感をすぐに示せるはずがないのは当然だが、そのレベルを目指し、急成長を遂げなければ彼が代表レギュラーを取って代わることはない。本人は「ヤットさんと比べる必要はないし、そんなことを考えたこともない」と強気の姿勢は貫いたものの、「型にはまって全然ダメでした」と反省もしている。10代の頃から「天才」の称号をほしいままにした彼なら、自分に何が足りなかったのか、冷静に分析できるはずだ。

家長がボランチとして育っていけば、ザックジャパンに新たなバリエーションがもたらされるという期待は持てた。ただ、残念なことに彼は所属クラブではサイドアタッカー。ボランチとして自分を磨く時間を持てない。代表だけで違った役割にトライしても、成長度はどうしても小さくなる。このジレンマをどう解決していくのか。今後の家長の動向が大いに気になる。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。