日本サッカー協会で原博実強化担当技術委員長の記者会見があった。会見場は、いつもにも増して超満員。会見終了までたっぷり1時間という大盛況だった。「ワールドカップ後もサッカー関連ニュースの露出を増やそう」という日本サッカー協会の策略がまんまとはまった形である(?)。

監督が決まらない現在の状況を招いた原因は、日本協会と原委員長の「見通しの甘さ」である。

原委員長の言葉によれば、新監督探しを始めたのはワールドカップが終わって日本代表の分析と課題のレポートを提出。それに基づいてリストを作ったのだという。そして、交渉のために「今なら会える人」との交渉のために南米に飛んだのは7月22日のことだった。この時点で、ヨーロッパや南米では、新シーズンに向けての交渉はとっくに始まっていたわけだ。出遅れだったことは間違いない。

そして、何人かと交渉したのだが(原委員長が名前を挙げたのは、すでに可能性のなくなったペジェグリーニとバルベルデだけだったが)、今のところ引き受けてくれる人は見つかっていない。本人が興味を持っていても、家族やコーチなどの問題で断られることの連続だったようだ。ヨーロッパのコーチにとって、4年もの長期間にわたってアジアの国で仕事をすることはリスクが大きい。日本での仕事が終わってからヨーロッパに戻って職を得られるかどうか、わからないからだ。

たとえば、ミラン・マチャラは有能な指導者で、中東各国のナショナル・チームで数多くの実績を残しているが、彼はもうヨーロッパに戻って仕事をすることはないだろう。中東やアフリカでは、そういう有能なヨーロッパ人コーチが何人もいて、ドバイの酒場あたりに集まっては「ヨーロッパに帰りたいのに帰れない」と、グチを言い合っているのが現状だ。フィリップ・トルシエにしても、いろいろオファーはあるようだが、結局、ヨーロッパに戻ることができていない。

たとえば、日本代表を率いてベスト4にでも導けば、高い評価を受けてヨーロッパに凱旋することもありうるだろうが、南アフリカ大会ですでにベスト16進出を果たしているのだから(しかも、日本人指導者の下で)、同程度の成績ではたいした評価にはつながらない。現在、ヨーロッパのトップクラスのクラブからオファーを受けられるような若手コーチに、そうしたリスクを承知の上で日本での仕事を引き受けさせるように説得するのは「至難の業」と言っていい。ワールドカップ終了後に、話を持っていって、1か月程度の説得で「シー」とか「ウィ」とか言わせるのは、最初から無理だったのではないだろうか。

日本側の事情から仕事を任せたいコーチを選ぶだけではなく、予備折衝を繰り返し、本気で日本での仕事を引き受ける意思があることを確認してから、リストアップすべきだったのだろう。こうした状況の中で有能なコーチを日本での仕事を引き受けさせるには、ヨーロッパのクラブより高い報酬を用意するしかない。あるいは、長い時間をかけて信頼関係を築き、誠意を持って説得を重ねるか……。そうした有利な条件を提示できない以上は、来てほしいコーチと同時に、可能性が高いコーチにもアプローチしておくべきだった。つまり、すでにヨーロッパ以外の国(日本も含めて)で活動しているコーチだ。彼らは、異文化環境で仕事をしてきた経験があるという点で、ヨーロッパの一流コーチにはない長所もある。

あるいは、ヒディンクやオシムのように(あるいはカペッロとか、リッピとか)すでに大きな実績を残した老将という可能性もある。彼らはすでに実績があるから、日本での仕事を終えれば、ヨーロッパの一流クラブからもオファーは舞い込むことだろうし、あるいは年齢によっては日本での成功を花道に引退してもいいわけだ。いずれにしても、新監督を決定できないまま、9月にパラグアイ戦とグアテマラ戦を控える日本代表。原技術委員長が監督代行を務めることに決まったそうである。しかし、その間の交渉はどうなるのだろうか?

原委員長は「すでに条件は提示してあり、返事待ちの状態だ。ヨーロッパにスタッフも残しているので問題はない」と言う。しかし、本当にそうだろうか?

もし、今オファーを出しているコーチが「日本での仕事を引き受けてもいい」という気になって「最後にプロジェクトの詳細を確かめたい」と言って来たらどうするのだろう?日本協会が「原委員長は監督代行をしています。最終交渉は代理で……」と返事をしたら、相手は日本協会の真剣さと誠実さについて疑いを抱くことになるだろう。原委員長が「新監督との契約」という重要で困難な仕事を本気でやる気でいるというのなら、監督代行などという仕事を引き受けるべきではない。

あれだけ苦労を重ねながら、見通しの甘さは、まったくそのままのようである。このまま交渉がまとまらなかったら、現在日本で働いている監督に頼むしかないのだろうか。まあ、最終的には「困ったときの岡田武史」という手もあるだろうが……。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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