8月10日、11日はワールドカップ終了後初めての国際マッチデー。各国が、一斉に親善試合を行った。新監督の下で巻き返しを図るチーム。実績を残した監督の下で、これまでの方針の継続を図るチームと、さまざまな思惑の中でのスタートだった。ところが、日本代表はいまだに新監督を決まらない。本来なら、もうそろそろ(8月中旬には)新監督が決まり、9月の親善試合に向けて選手選考の話になっていなければならない頃なのだが……。今回の、新監督選びは、単に次の4年間の監督が決まること以上の重要性があった。

それは、日本代表史上初めて、本来あるべき形で監督を選ぶケースだったからだ。つまり、「技術委員長が技術的な立場で新監督を選ぶ」という形である。

昔は……と言っても、たかだか20年くらい前のことだが……日本代表監督は日本リーグ所属の各企業の中から選ばれていた。当時は、日本サッカー協会には財源もなく、代表監督に給料を支払えるような状況ではなかったのだ。そこで、日本サッカー界の主流である古河電工とか三菱重工といった会社から代表監督を選び、監督の給料は企業が払っていたのである。つまり、監督は各企業からの出向という形だったのだ。だから、監督を選ぶといっても、まず各企業内の事情が優先されたわけである。どんなに優れた手腕を持った指導者がいても、企業側がその人物を協会に出せる状況でなければ、代表監督には選べないからだ。学閥や企業閥の論理もまかり通っていた。

1985年にメキシコ・ワールドカップ予選が行われ、日本代表は最終予選まで進んだのだが、韓国とのホーム&アウェーでの最終予選は1-2、0-1で完敗。代表監督だった森孝慈は、プロで固められた韓国に勝つにはアマチュアのままではダメだと痛感。代表監督を続ける条件として「監督のプロ化」を訴えたが、日本協会はその要求を拒否し、森監督は退任した。しかし、1980年代の後半になると、選手のプロ契約が認められるようになってくる。さらに、ブラジル人だったラモス瑠偉が日本国籍を取得して代表に入り、さらにブラジルでプロ経験のある三浦知良も帰国して代表に選ばれる。

そんな日本代表の活動を視察した強化部長の川淵三郎は、「アマチュア監督のままでは無理」と感じて、プロの、それも外国人の監督と契約をすることを決意する。最初は反対していた協会の幹部も最終的にはこれに同意した。ちょうどプロリーグ(Jリーグ)がスタートする直前であり、また、従来、日本代表が目指してきたオリンピックのサッカーが23歳以下の大会に衣替えすることになり、日本代表の目標はワールドカップしかなくなる。そんな時期の話である。

だが、外国人と契約するといっても、そのようなツテも、交渉のノウハウもなかった。そこで、かつてヤマハ発動機やマツダで監督、コーチを務めた経験のあるハンス・オフトに話をしたところ、オフトも興味を示し、日本代表史上初めての外国人・プロ監督との契約に漕ぎ着けたのだ。オフトは、指導者としてヨーロッパでは何の実績もなかったが、それでも当時の日本サッカーのレベルにはピッタリの人物だった。アジアカップ初優勝という結果を残したオフトは、アメリカ・ワールドカップ予選でも、あと一歩というところまでチームを導いたのだ。

その後の監督選びについて、いちいち書く必要もないだろうが、その後は日本人の加茂周になったり、その加茂が解任されコーチの岡田武史が昇格したりして、日本はワールドカップに初出場を果たす。その後、フィリップ・トゥルシエが代表監督に就任したが、これはベンゲルからの口利き。2002年大会の後は、日本協会会長に就任する川淵が個人的にジーコに依頼。2006年の後も、川淵のリーダーシップによってジェフ千葉の監督だったイビチャ・オシムが監督に就任する。

要するに、監督選びは川淵三郎氏が(肩書きは、いろいろ変わったが)、個人的に決めていたわけだ。基準は、「ツテのある人」か「誰かの紹介」である。

それに比べれば、現在行われている新監督選びは正規の方法による選考である。つまり、技術委員長が専門家の視点で今の日本サッカーに相応しい指導者を選んで、交渉しているわけだ。協会の新会長(小倉純二氏)も、そこの介入する気はないようだ。方法論としては正しい。だが、交渉は日本側が思うようには進展していない。何が問題なのだろうか?それは、新監督選びだけでなく、交渉まで技術委員長の原博実氏が行っている点ではないだろうか?

誰が指導者として相応しいのかを選ぶのは、もちろん技術委員長の仕事である(原氏が、その役職に相応しいのか否かは、ここでは論じない)。だが、そこで選ばれた人物との交渉は、技術委員長の役割ではないのではないだろうか?実際の交渉がどのように行われているのか、僕はまったく知らない。だが、相手は一流の監督である。ファンバステンだったら元はオランダのスーパースターである。当然、交渉には、交渉のプロである代理人が関わってくるだろう。交渉のプロで、法律的知識もある海千山千の代理人と、元サッカー選手・監督の原博実氏が対等の交渉ができるのだろうか?

本来なら、技術委員長が候補者をリストアップした後の交渉は、交渉のプロを雇って、その人物に委託すべきだったのではないだろうか?いずれにしても、9月には親善試合がある。新監督が決まらない状況での試合となったのでは、強化のためにもならないし、興業としても苦しくなる。スポンサー・サイドからは、かなりのプレッシャーもあると聞く。しかし、もちろん早く新監督が決まってもらわないと困るのではあるが、だからといって、焦って変な監督と契約してしまったら元も子もない……。

いっそのこと、9月の2試合は、岡田武史氏に頼んだらどうだろう。相手もちょうどパラグアイである。南アフリカに行った選手を中心にしたチームにして、駒野あたりにPKを蹴ってもらうことにすれば、「リベンジ・マッチ」として興業的には成り立つことだろう。「困ったときは岡田武史」という格言もあることだし、早稲田大学-古河電工出身の小倉会長の就任記念にもピッタリだ。

「将来の強化のためにそれでいいのか」だって?それなら、いっそのこと来年のU-20ワールドカップを目指しているU19日本代表でも出場させて、若手に経験を積ませる試合にしてしまったらどうだ?

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授