現在、世界中の強豪クラブの監督は「バルセロナと当たったら、どうやって止めてやろうか」と考えているに違いない(そして、代表監督は「スペイン代表をどうやって止めるか」を考えていることだろう)。FCバルセロナは世界で一番上手い選手がそろい、世界で一番強いクラブチームだと僕は思う。そして、スペイン代表は一番上手くて、一番強い代表チームである。「負けても当然。もし止めることができたら、それだけで賞賛される。しかも、相手のやり方はよく分かっている」。監督にとっては、ある意味でこれ以上ないほど楽しい作業なのではないだろうか。

昨シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝で、チェルシーを率いたヒディンク監督は、中盤で無理にボールを奪いに行かず、相手のドリブルのコースとパスを出すスペースを徹底して埋めるという守り方で2試合をほぼ完璧に守り通して見せた。今シーズンは、ルビン・カザンのガザエフ監督が、同じようなやり方でバルセロナ相手に2試合で勝点4を取ってみせた。レアル・マドリードのペジェグリーニ監督は、先日のクラシコで、もっと積極的に、中盤からプレスをかけるやり方でバルセロナを封じ込めようとしたが、前半で息切れしてしまった。

そして、クラブワールドカップの決勝では、エストゥディアンテスのサベージャ監督がバルセロナに挑戦することになった。

南米の代表がヨーロッパの強豪相手に守りを固めて、カウンターで勝負を挑むというのは、1990年代に入ってヨーロッパが明らかに南米のクラブを上回るようになってからのお決まりのパターンである。「さて、今度はどんなやり方で守ってくるのか」。僕は楽しみにしていた。僕は、エストゥディアンテスも、チェルシーやルビンのように、引いて守ってくるのかと思っていた。ボールを奪いに行くと、バルセロナの選手のテクニックにかわされてしまい、かえってパスを回すスペースを作られる危険があるからだ。

だが、サベージャ監督は最終ラインこそ、しっかりとスペースを埋めてきたが、中盤では高い位置からプレッシャーをかける守り方を選択した。そして、それが機能して、バルセロナはパスを回せなくなってしまったのだ。メッシのポジションを動かしたり、選手を交代したり、バルセロナは手を尽くしてエストゥディアンテスの守備を崩す試みをしたが、いつものようなパスで崩す場面は作れなかった。前半は、シュート1本に抑えられ、カウンターで1点を奪われてしまう始末。後半は攻め込みはしたが、いつものような華麗なパス回しではなく、無骨な放り込みで、動きが減った相手をゴール前に釘付けにしただけのことだった。

最後の時間帯は押し込まれ続けたし、ベロンは後半の20分過ぎには疲労で動きが落ちてしまった。「飛ばしすぎ」だったのは確かだが、しかし、残り1分までリードを保つことができていたのだから、エストゥディアンテスの戦法は「ほぼ成功」と言っていい。

ああいう守り方ができたのは何故なのか? それは、やはりアルゼンチンの選手たちの、1対1の球際の強さ、あるいはボール奪取技術の高さがあったからなのだろう。先ほども言ったように、中盤で当たりに行って、そこではずされてしまったら、かえってバルセロナの思う壺に陥る。バルセロナとしては、相手のDFが食いついてきてくれたら、それを利用してスペースを作り、そのスペースに選手が入っていき、そこに正確なパスを入れることで相手を崩すことができるのだ。

だが、エストゥディアンテスの選手たちは、バルセロナの選手相手にボールの奪い合いで勝ったのだ。

ボールを持ってからのテクニックという面ではバルセロナの方がずっと上だったが、ボールの奪い合いでの駆け引きでは、エストゥディアンテスの選手は一歩も引かなかった。競り合いの前にファウルにならない程度に体をぶつけたり、足を出して引っ掛けたり。相手が、その裏をかいてファウルを取りに来ると、足を引っ込めてシミュレーションにしてしまう。なんと、メッシまでもがシミュレーションを取られて警告を受けてしまった。

アルゼンチンの子供たちは空き地でボールの奪い合いをしながら育つ。クラブに入っても練習は実戦形式ばかり。多少の反則があっても、ボールがタッチを割ろうと、ゲームは止まらないし、コーチたちもゲームを止めて動きを教えたりしない。そんな環境で育ってきたからこその、アルゼンチン独特のボール際の強さ。それを、最大限に生かして、エストゥディアンテスは相手を止めたのだ。

エストゥディアンテスの守りで大事なのは「3バックか、4バックか」とか「中盤でのプレスのかけ方」とかといった「戦術」ではなかった。ボール際の強さという、個の強さを生かした戦い方をしただけのことだ。「個人レベルでの守りの戦術」と言い換えることもできるが……。テレビの実況では「41年前にマンチェスター・ユナイテッドを破って世界一に」ということも再三紹介されていたが、あのときだって戦術で止めたわけではない。マンチェスター・ユナイテッド相手に肉弾戦に持ち込み、ラフなプレーをしかけて、エストゥディアンテスは世界一になり、それがきっかけとなってヨーロッパのチームがアルゼンチン勢との対戦を忌避するようになり、当時のインターコンチネンタルカップが延期や中止に追い込まれ、その結果として中立地東京でのトヨタカップが始まったわけだ。

当時、エストゥディアンテスや代表で監督を務めたスベルディアは、ヨーロッパ勢に勝つために相手の良さを徹底してつぶす戦法を確立。その戦い方は、後にカルロス・ロレンソやビラルドに受け継がれていった。アルゼンチンで、パスをつなぐ攻撃型のサッカーが蘇ったのは、1970年代のメノッティの時代になってからのことだ。そういう意味で、荒っぽい肉弾戦でバルセロナを止めようとして、ほぼ成功したクラブワールドカップの決勝戦は、いかにもアルゼンチンらしい、あるいはいかにもエストゥディアンテスらしい戦い方だったということができるのかもしれない。

だが、それを力ずくで打ち破って逆転勝利をもぎ取ったのだから、バルセロナも只者ではない!

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授