3月7日のJリーグ開幕まで1週間を切った。先週末にはJリーグキックオフカンファレンスがあり、各クラブを代表する選手たちが都内に集結。J2のロアッソ熊本へ移籍した藤田俊哉、ザスパ草津へ新天地を求めた廣山望、徳島ヴォルティスの司令塔として活躍する倉貫一毅ら懐かしい面々とも久しぶりに再会することができた。

そんな中、今季J1で注目すべき3人の選手とじっくり話をする機会に恵まれた。

まず1人目は宮本恒靖(神戸)。2006年シーズン終了後にオーストラリアのレッドブル・ザルツブルクへ移籍した彼は3年ぶりのJ復帰となる。時には強引に周囲を鼓舞する欧州のリーダー像を目の当たりにした彼は、グアムキャンプの際からチームメイトをリードし、時には怒鳴ることさえあったという。「まだ神戸は安定した力がないし、完成形も見えていない。試合をこなしていくうちによくなってくると思う」と彼自身もまだ現状に満足していないようだ。

アジアチャンピオンズリーグ(ACL)出場権獲得という目標設定に賛同し、神戸入りした宮本だが、そこに至るには確実な積み上げが欠かせないと指摘する。「お互いの特徴は理解できたし、バランスも見えてきた。チーム全員が攻撃も守備も献身的にやって、初めて結果を残せる。そういう厳しさを追求したい」と本人の設定値は非常に高い。その強い意気込みがチームメイトに伝われば、神戸も大化けするかもしれない。いずれにしても宮本のリーダーシップは不可欠だ。

その宮本がかつて所属したガンバ大阪を牽引するのが遠藤保仁だ。先週末の「FUJI XEROX SUPER CUP」ではいいところなしに終わってしまったが、昨季は肝機能障害を乗り越え、終盤戦にかけて一気に調子を上げた。そしてACL優勝に貢献。ACLのMVPにも輝いている。その実績ゆえ、今季JリーグMVPに最も近い選手といえるだろう。

実のところ彼は、2008年アジアサッカー連盟MVPになるはずだった。が、表彰式当日にその事実を現地紙にすっぱ抜かれ、激怒したハマム会長が突然、ウズベキスタンのジェパロフに変更してしまったのだ。そんな裏事情を遠藤本人も知っていて「世の中にはそういうこともある」と達観していた。「MVPは狙って取れるものじゃないし、自分をあまりに前面に出すことがチームにマイナスに作用することもある。最終的にチームが勝てばそれでいい」ともコメント。どこまで無欲で自然体の人なのだと痛感させられた。そんなキャラクターゆえに、黄金時代でずっと控えに置かれ続けても腐らず、20代後半になって存在感を高めていったのだろう。

そんな遠藤だが、G大阪のタイトルに対してはまた違った野心を持っている様子。今季はJの3タイトルとACLの4冠を狙っていくという。「JとACLを平行して戦うことの難しさは去年も実感した。コンディションの持っていき方が難しい。でも今季のガンバはターンオーバー制を取れるだけの戦力がいる。それを有効に活用すればイケると思う」と自信をのぞかせた。ゼロックスを見る限りでは序盤が鬼門になりそうだが、遠藤のさらなる飛躍には期待したいものだ。

そして最後が今季J1初昇格となるモンテディオ山形の石川竜也。ご存知の通り、遠藤と同じ黄金世代で、99年ワールドユース(ナイジェリア)準優勝メンバーの一員だ。しかし彼の場合、ユース代表以降のキャリアは紆余曲折の連続だった。筑波大学を卒業後、入団した鹿島では中途半端な使われ方に終始。途中から同じポジションで同い年の新井場徹がG大阪から移籍してきて、ますます出番がなくなってしまう。そしてパウロ・アウトゥオリ監督に戦力外を言い渡され、2006年5月には東京Vへレンタル移籍を強いられた。

2007年には山形へ再びレンタル移籍。J2で2シーズンを戦った。2008年途中には「もう1回、自分の力でJ1に戻りたい。そこで自分が通用することを実証したい」と本人も語気を強めるほど、J1の舞台を渇望していた。この石川と中盤のベテラン・財前宣之らがチームを落ち着かせ、前線の豊田陽平(現京都)と長谷川悠が大ブレイクしたことで、山形のJ1昇格がついに実現した。

石川は左サイドバックでありながら、ゲームメーク力が高い。J2の時にはマンマークがついたこともあった。左足のキックの精度はずば抜けており、FKも蹴っている。スピードや突破力で勝負するタイプではなく、冷静な判断と読み、駆け引きで戦う選手。その頭脳的なプレーが再び戻ってきたJ1でどのくらい出せるのか。本人も今季を非常に楽しみにしていた。「鹿島との試合は4月と11月。そこで何か大きな仕事をしたい」と目を輝かせた石川にはリベンジをぜひとも見せてほしいものだ。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。