8月6日にニッパツ三ツ沢球技場で行われたJリーグヤマザキナビスコカップ準々決勝、横浜F・マリノス対ガンバ大阪戦の第2戦を取材した。試合そのものはゴールへ貪欲さとるアグレッシブさに勝る横浜が2-1で勝利した。が、第1戦はG大阪が1-0で勝っており、アウェーゴールの1点がモノを言って、最終的にG大阪が4強進出を決めた。

この試合で1つ明るいニュースがあった。ウイルス性感染症のために1ヶ月以上の離脱を強いられていた遠藤保仁がピッチに戻ってきたのだ。佐々木勇人に代わって後半20分に出場した遠藤は、上半身や顔がふっくらしていて、全く体が絞りきれていない様子。長い距離を走れなかったり、加速ができなかったりと、コンディション的にはベストの状態からは程遠かった。それでもボールを持ったら技術はピカ1。落ち着いてキープしてリズムを作ったり、一瞬でスペースが空いたところを見逃さずにスルーパスを出すなど、そのスキルの高さと戦術眼はさすがだった。

終盤、G大阪にボールを奪われるミスが出て、中澤佑二に裏を取られそうなピンチがあった。その時も遠藤は巧みに体を入れて中澤をブロック。彼に送られたパスをインターセプトして、横浜の速い攻めを止めた。そんな落ち着きも遠藤らしいところだった。体調不良でサッカーができない状況に陥ったのは、これが2度目。2006年秋は入院期間が1ヶ月を超えるなど、今回より深刻だった。本人も「前の時は長く入院していたし、動けるようになるまでに2ヶ月かかった。でも今回は入院も2週間ちょっと。気分的にはラクだった。先週からトレーニングを始めてもう試合に出られたし、かなり早く回復していると思う」と前向きに話していた。

それでも顔全体には、痛々しいほどの湿疹ができていた。「これはウイルス性感染症に影響でもないし、薬を飲んだ副作用でもない。ずっと病院で陽の当たらないところにいたのに、最近ずっと2部練で直射日光の下にいるから、かぶれみたいになっただけ。何の心配もないですよ」と遠藤は話したが、体調が万全でないことは確かだろう。8月20日に札幌で行われる日本代表のウルグアイ戦は難しそうだし、9月6日の2010年南アワールドカップアジア最終予選初戦・バーレーン戦(マナマ)も出場もかなり微妙なようだ。

もしもウイルス性感染症にならず、北京五輪にオーバーエージ枠で出場していたらどうだっただろうか…。遠藤は7月には五輪代表の合宿や親善試合とJリーグを掛け持ちし、8月も半分は酷暑の中国で過ごし、後半はA代表の合宿に参加して、灼熱のバーレーンへ行くことになっていた。その後もアジアチャンピオンズリーグ(ACL)とJリーグ、代表の活動を行ったりきたりし、休む暇は皆無に近い。12月には天皇杯があり、1月には日本代表の指宿合宿が設定されるなど、昨季から今季にかけてもオフがほとんどない状態だったから、今年の年末まで丸2年間走り続けることを強いられただろう。

これはさすがにやりすぎではないか。実際、オシムジャパンの主力として昨年1年間を通じてフル稼働していた選手の多くが今季はコンディションを崩している。「鉄人」といわれた鈴木啓太(浦和)も4月に扁桃腺炎にかかり、Jリーグ6試合を欠場する羽目に陥った。5月に復帰してからもコンディションが上がらず、6月のアジア3次予選4試合で死守してきたボランチのポジションを遠藤と長谷部誠(ヴォルフスブルク)に明け渡すことになった。昨夏のアジアカップを戦った高原直泰(浦和)も、中村俊輔(セルティック)も昨年後半から今年にかけて不調や負傷に苦しんだ。守備の要・中澤佑二も今季は不安定なパフォーマンスが続いているし、加地亮(G大阪)は今年春のケガを機に代表引退を決意したほど。多くの選手がクラブと代表の過密日程に頭を悩ませている。

「代表の日程は協会が決めることだし、僕ら選手は従うしかない」と遠藤は淡々としていたが、彼らに拒否する権利はない。周りが作ったスケジュールに合わせて、つねに100%を出し切るしかないのだ。

けれども、鈴木や遠藤のような代表の中核となる選手がここまで大きくコンディションを崩したことを黙って見逃すことはできない。そういう事態を避けるためにも、改善できることは多少なりともあるはずだ。アウェー戦の試合時間設定などはその一例だろう。昨夏のアジアカップも2010年ワールドカップ3次予選のアウェー戦も、日本戦はほとんどが17時台のキックオフだ。酷暑のオマーンやタイで試合をしたら、選手たちへの負担は計り知れない。「欧州の夏場は涼しくなった20時半キックオフが普通なのに、どうして日本戦はいつもこうなのか。テレビ放映権が重視されるのは仕方ないが、もっと選手の体のことを考えてほしい」とある代表選手も憤慨していた。

そんな小さなディテールを見直すだけでも、遠藤や鈴木のような犠牲者を食い止めることにつながる。遠藤のさらなる回復を祈るとともに、関係者にも実情をよく検証してほしいものだ。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。