ツール・ド・フランス2009 | J Sports | cycle road race


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ツール・ド・フランスとは?

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夏季五輪、サッカーW杯に続く世界で3番目に大きいスポーツイベント、それがツール・ド・フランス。今年も7月の3週間、沿道に詰め掛ける約1500万のファンと世界約190カ国のTV視聴者が注目する中、選手たちはフランスの大地を駆け巡る。

1903年に産声を上げ、今年で96回目を数える自転車レースは、これまで54人のチャンピオンを生み出してきた。「5勝クラブ」のアンクティル、メルクス、イノー、インドゥライン、さらに1999〜2005年に史上初7連勝の快挙を達成したアームストロング等々が、最終ゴール地パリにて、総合勝者の証である黄色のリーダージャージ「マイヨ・ジョーヌ」に袖を通したのだ。

2009年ツールの概要

2009年7月4日、「世界で2番目に小さな国」モナコ公国から2009年ツール・ド・フランスはスタートを切る。地中海スタートは1981年以来。さらにスペイン、アンドラ公国、イタリア、スイスと近隣諸国を渡り歩き、時計回りに大きく1周半を描いた後、7月26日に恒例のパリ・シャンゼリゼでゴールを迎える。

大会期間は3週間。プロローグのない全21ステージ、総行程約3500kmで争われる。平地10ステージ、山岳7ステージ。そのうち山頂フィニッシュが3回あり、もちろん最後はパリ前日のモン・ヴァントゥ頂上ゴールが待ち受ける。個人タイムトライルは2ステージ・計55kmと短いが、2005年以来となるチームタイムトライアルが帰ってきた。また休日は2日。選手たちは飛行機での移動1回と、TGV高速列車での移動1回を行う。

参加は全20チーム。各チーム9選手で構成され、180選手がスタートラインに並ぶことになる。

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2009年ツールのルール

ステージ優勝
全21ステージステージ中、個人・チームタイムトライアルを除く18の通常ステージでは、先頭でゴールラインを通過した選手がステージ優勝を手にする。タイムトライアルでは参加選手中で最も速いゴールタイムを出した選手/チームが優勝。タイムトライアルで同ゴールタイムが計測された場合は、1/100秒単位までタイムを比較する。
総合タイム首位=マイヨ・ジョーヌ(Maillot Jaune)

ルール

各ステージ終了後、ツール初日から当日までの総合タイムトップの選手が、総合首位として毎日表彰を受ける。また全21ステージを通しての総計首位選手がツール・ド・フランス総合優勝に輝く。そしてこの総合リーダーに授与されるのがマイヨ・ジョーヌ、つまり黄色いジャージだ。

歴史

集団の中で果たして誰がリーダーなのか観衆が一目で分かるように、という配慮のもとマイヨ・ジョーヌが誕生したのは、少々中途半端だが1919年の第11ステージスタート時。黄色が選ばれたのは、当時のツール主催元「ロト紙」の新聞紙の色が黄色だったから。実際かなり突発的なアイディアだったらしいが、結局、現在まで王者の証としてしっかり定着している。 2009年のジャージスポンサーはフランスの銀行LCL。

ポイント賞=マイヨ・ヴェール(Maillot Vert)

ルール

キング・オブ・スプリンターを決める賞。各ステージ途中に設けられた中間スプリントポイントと、ゴールポイントを最も多く獲得した選手に与えられる。そしてこのポイント賞リーダーに授与されるのがマイヨ・ヴェール=緑ジャージだ。

  ポイント
中間スプリントポイント
(上位3人)
6、4、2
ゴールスプリントポイント ポイント
難易度1ステージ(上位25人) 35、30、26、24、22、20、19、18……、1
難易度2ステージ(上位20人) 25、22、20、18、16、15、14……、1
難易度3・4ステージ(上位15人) 20、17、15、13、12、10、9、8……、1
難易度5ステージ(上位10人) 15、12、10、8、6、5、4……、1

※ステージ配分は別項を参考

ポイント総計が同点の場合、以下の優先順位で首位選手が決定される。

  1. ステージ優勝の数
  2. 中間スプリントポイント首位通過の数
  3. 総合タイム

歴史

このジャージが作られたのは、ツール生誕50周年記念の1953年。園芸用品メーカーのベル・ジャルディニエールがスポンサーについたため、緑色のジャージが採用された。現在のスポンサーは場外馬券場販売協会のPMU(ペエムユ)。そして2008年からはジャージカラーのトーンが明るくなった。これは 1953年当時の“オリジナル”カラーなんだとか。

山岳賞=マイヨ・ア・ポア・ルージュ(Maillot a pois rouges)

ルール

山岳王を決定する賞。各峠の頂上に設定された山岳ポイントの合計で争われる。山岳ポイントのカテゴリーはポイントの多いほうから超級・1級・2級・3級・ 4級と5段階。また各ステージ最後の峠が2級・1級・超級の場合は、最終峠ポイントは2倍となる。そしてこの山岳賞リーダーに授与されるのがマイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ=白地に赤玉ジャージだ。

ポイント
超級(10人) 20、18、16、14、12、10、8、7、6、5
1級(8人) 15、13、11、9、8、7、6、5
2級(6人) 10、9、8、7、6、5
3級(4人) 4、3、2、1
4級(3人) 3、2、1

ポイント総計が同点の場合、以下の優先順位で首位選手が決定される。

  1. 超級峠をトップ通過した数
  2. 1級峠をトップ通過した数
  3. 2級峠をトップ通過した数
  4. 3級峠をトップ通過した数
  5. 4級峠をトップ通過した数
  6. 総合タイム

歴史

山岳賞自体は1933年から存在していたが、お馴染みのかわいいジャージが誕生したのは1975年。当時のスポンサーであった製菓会社ショコラ・プーランが、自社のキャンディパッケージをモデルにこのジャージデザインを考案した。2009年は大型スーパーマーケットチェーンのカルフールが新ジャージスポンサーをつとめる。

新人賞=マイヨ・ブラン(Maillot Blanc)

ルール

1984年1月1日以降に生まれた選手の中から、個人総合タイムトップの選手に与えられる。制限年齢以下なら何度でも受賞できるため、「新人賞」というよりは「最優秀若手賞」の意味合いが強い。そしてこの新人賞リーダーに授与されるのがマイヨ・ブラン=白ジャージだ。

歴史

新人賞が誕生したのは1975年。色の由来は「汚れない若さの色」という説と、「色とりどりのチームジャージが氾濫する中、あえて無色」という説がある。現在のスポンサーはチェコ自動車メーカーのスコーダ。

チーム総合順位

ルール

各チーム上位3人の総計タイムで、チーム総合順位が決定される。第4ステージ(チームタイムトライアル)に限っては、5番目にゴール通過した選手のタイムが採用される。そして総合首位のチームに所属する選手全員には、黄色地に黒い数字が書かれたゼッケンがおくられる。

総計が同タイムの場合は、以下の優先順位で上位チームを決定する。

  1. チーム所属選手のステージ優勝数
  2. チーム所属選手のステージ2位数(以下、3位、4位、5位と続く)
  3. チーム所属選手の総合順位

またチーム内の出走選手が2人以下となった場合は、チーム総合順位から除外される。

敢闘賞=プリ・ド・ラ・コンバティヴィテ(Prix de la Conbativite)

ルール

タイムトライアルを除く各ステージで、成績に関係なく最も勇敢な走りを見せてくれた選手に与えられる。大会関係者・ジャーナリスト・元選手で構成される審判団が投票と話し合いで決定する主観的な賞である。

審査基準は以下の6点。

  1. 闘志
  2. 毅然さ
  3. 努力を惜しまない姿勢
  4. 勇気
  5. オーラ
  6. チームへの奉仕精神

他の賞と違ってポイント総計制・タイム制ではなく、各ステージごとに新たな受賞者が誕生する仕組み。そしてこの敢闘賞受賞者に授与されるのがドサール・ルージュ=赤ゼッケンだ。このゼッケンをつけて出走できるのは、受賞日の翌ステージのみ。また最終日前日には審判団が、ツール全期間を通して最も奮闘した選手を決定。スーパー敢闘賞としてシャンゼリゼで表彰を受ける。

歴史

敢闘賞が誕生したのは1952年、スーパー敢闘賞が誕生したのは2003年。長年赤ゼッケンでおなじみだったこの賞も、2004年だけはスポンサーの関係で青ゼッケンと変わってしまった。ただし2005年からの新スポンサー家電メーカーのブラントが、再び「赤地に白抜きの数字」ゼッケンを採用している。

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ジャージの優先順位

同一選手が複数のジャージを獲得した場合、以下の優先順位で着用する。
  1. iconマイヨ・ジョーヌ
  2. iconマイヨ・ヴェール
  3. iconマイヨ・ア・ポワ・ルージュ
  4. iconマイヨ・ブラン

歴史

各賞首位選手によって着用されなかったジャージは、2位の選手が着用する(2位選手が着用できない場合は3位選手へ繰越)。ただし2位以下の選手が世界選手権チャンピオン、もしくは国内選手権チャンピオンの場合は、チャンピオンジャージが優先される。

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ボーナスタイム

2009年ツール・ド・フランスでは、いかなるステージにおいてもボーナスタイムは発生しない。

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制限タイム

ステージ難易度とステージ首位選手の平均走行速度によって、各ステージの制限タイム基準が決定される。制限タイム内にゴールできなかった選手は、通常失格となる。

ただし悪天候、道路コンディション、レース中に発生した事故など、状況によって審判は制限時間を変更することができる。また制限タイムに間に合わなかった選手がステージ出走選手の20%以上にのぼる場合、審判は制限時間を変更することが出来る。

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ゴールルール

集団でゴールした選手全員に、集団先頭選手と同タイムが与えられる。降格処分などを除いて、ステージ順位は実際にゴールした順番で付けられる。

ゴールまで3km以内の地点で落車・パンク・メカトラブルなどの犠牲になった選手(巻き添えになった選手も含む)は、事故の時点で属していた集団と同じタイムが与えられる。ただしステージ順位に限っては、ゴールを通過した実際の順位。また落車のせいでゴールラインを超えられなかった場合、最下位の順位が与えられる。ただしタイムトライアル(第 1・4・18ステージ)と山頂ゴールステージ(第7・15・20ステージ)ではこの3kmルールは適応されない。

最終21ステージのシャンゼリゼ周回コースが、突入前に雨などのために滑りやすくなっていた場合、最初のゴールライン通過でゴールタイムが決定される。また周回中に雨などのために滑りやすくなった場合、次回のゴールライン通過でゴールタイムが決定される(最初のゴールライン通過で与えられたボーナスタイムは適応される)。ただしゴールタイム計測後も、最後まで周回を継続し、ゴール順位を決定する。

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ステージ難易度

ゴールポイントや制限タイム設定のため、各ステージには難易度が設けられている。難易度の種類は6つ。
難易度 ステージ
難易度1 平坦ステージ 第2・3・5・6・10・11・12・14・19・21ステージ
難易度2 起伏のあるステージ 第13ステージ
難易度3 難関山岳ステージ 第7・8・9・15ステージ
難易度4 短距離・難関山岳ステージ 第16・17・20ステージ
難易度5 個人タイムトライアル 第1・18ステージ
難易度6 チームタイムトライアル 第4ステージ

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タイムトライアル

選手/チームは決められた一定時間毎に、1人ずつ/1チームずつスタートを切る。ゴールタイムは1/100秒まで計測され、ステージ順位が決定される。
チームタイムトライアル/各チーム内で5番目にゴールラインを通過した選手のタイムがチームタイムとして採用される。5番目の選手の以前に同時にゴールした選手全員に、このチームタイムが個人タイムとして与えられる。遅れてゴールした選手には、各々の実測タイムが記録される。
ステージ 実施方法
第1ステージ
(個人)
1分毎スタート
スタート順は開催委員会とチームの話し合いで決定される
第4ステージ
(チーム)
7分毎スタート
スタート順は第3ステージ終了時点のチーム総合最下位→首位
第18ステージ
(個人)
2分毎スタート、最終盤の選手は3分毎スタート
スタート順は第17ステージ終了時点の総合最下位→首位

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過去の歴代チャンピオン

  • 第1回 1903年 Maurice GARIN (FRA)
  • 第2回 1904年 Henri CORNET (FRA)
  • 第3回 1905年 Louis TROUSSELIER (FRA)
  • 第4回 1906年 Rene POTTIER (FRA)
  • 第5回 1907年 Lucien MAZAN dit PETIT-BRETON (FRA)
  • 第6回 1908年 Lucien MAZAN dit PETIT-BRETON (FRA)
  • 第7回 1909年 Francois FABER (LUX)
  • 第8回 1910年 Octave LAPIZE (FRA)
  • 第9回 1911年 Gustave GARRIGOU (FRA)
  • 第10回 1912年 Odile DEFRAYE (BEL)
  • 第11回 1913年 Philippe THYS (BEL)
  • 第12回 1914年 Philippe THYS (BEL)
  • <第一次世界大戦のため中止>
    1914年8月、フランスが第1世界大戦に参戦
    1915年
    1916年
    1917年
    1918年11月11日、第1次世界大戦終結
  • 第13回 1919年 Firmin LAMBOT (BEL)
  • 第14回 1920年 Philippe THYS (BEL)
  • 第15回 1921年 Leon SCIEUR (BEL)
  • 第16回 1922年 Firmin LAMBOT (BEL)
  • 第17回 1923年 Henri PELISSIER (FRA)
  • 第18回 1924年 Ottavio BOTTECCHIA (ITA)
  • 第19回 1925年 Ottavio BOTTECCHIA (ITA)
  • 第20回 1926年 Lucien BUYSSE (BEL)
  • 第21回 1927年 Nicolas FRANTZ (LUX)
  • 第22回 1928年 Nicolas FRANTZ (LUX)
  • 第23回 1929年 Maurice DE WAELE (BEL)
  • 第24回 1930年 Andre LEDUCQ (FRA)
  • 第25回 1931年 Antonin MAGNE (FRA)
  • 第26回 1932年 Andre LEDUCQ (FRA)
  • 第27回 1933年 Georges SPEICHER (FRA)
  • 第28回 1934年 Antonin MAGNE (FRA)
  • 第29回 1935年 Romain MAES (BEL)
  • 第30回 1936年 Sylvere MAES (BEL)
  • 第31回 1937年 Roger LAPEBIE (FRA)
  • 第32回 1938年 Gino BARTALI (ITA)
  • 第33回 1939年 Sylvere MAES (BEL)
  • <第二次世界大戦のため中止>
    1940年 ドイツ軍がフランスを占領
    1941年
    1942年
    1943年
    1944年8月、パリ解放。
    1945年
    1946年 その後徐々にフランス全土が解放され、1947年に大会が再開。
  • 第34回 1947年 Jean ROBIC (FRA)
  • 第35回 1948年 Gino BARTALI (ITA)
  • 第36回 1949年 Fausto COPPI (ITA)
  • 第37回 1950年 Ferdi KUBLER (SUI)
  • 第38回 1951年 Hugo KOBLET (SUI)
  • 第39回 1952年 Fausto COPPI (ITA)
  • 第40回 1953年 Louis ''Louison'' BOBET (FRA)
  • 第41回 1954年 Louis ''Louison'' BOBET (FRA)
  • 第42回 1955年 Louis ''Louison'' BOBET (FRA)
  • 第43回 1956年 Roger WALKOWIAK (FRA)
  • 第44回 1957年 Jacques ANQUETIL (FRA)
  • 第45回 1958年 Charly GAUL (LUX)
  • 第46回 1959年 Federico BAHAMONTES (ESP)
  • 第47回 1960年 Gastone NENCINI (ITA)
  • 第48回 1961年 Jacques ANQUETIL (FRA)
  • 第49回 1962年 Jacques ANQUETIL (FRA)
  • 第50回 1963年 Jacques ANQUETIL (FRA)
  • 第51回 1964年 Jacques ANQUETIL (FRA)
  • 第52回 1965年 Felice GIMONDI (ITA)
  • 第53回 1966年 Lucien AIMAR (FRA)
  • 第54回 1967年 Roger PINGEON (FRA)
  • 第55回 1968年 Jan JANSSEN (NED)
  • 第56回 1969年 Eddy MERCKX (BEL)
  • 第57回 1970年 Eddy MERCKX (BEL)
  • 第58回 1971年 Eddy MERCKX (BEL)
  • 第59回 1972年 Eddy MERCKX (BEL)
  • 第60回 1973年 Luis OCANA (ESP)
  • 第61回 1974年 Eddy MERCKX (BEL)
  • 第62回 1975年 Bernard THEVENET (FRA)
  • 第63回 1976年 Lucien VAN IMPE (BEL)
  • 第64回 1977年 Bernard THEVENET (FRA)
  • 第65回 1978年 Bernard HINAULT (FRA)
  • 第66回 1979年 Bernard HINAULT (FRA)
  • 第67回 1980年 Joop ZOETEMELK (NED)
  • 第68回 1981年 Bernard HINAULT (FRA)
  • 第69回 1982年 Bernard HINAULT (FRA)
  • 第70回 1983年 Laurent FIGNON (FRA)
  • 第71回 1984年 Laurent FIGNON (FRA)
  • 第72回 1985年 Bernard HINAULT (FRA)
  • 第73回 1986年 Greg LEMOND (USA)
  • 第74回 1987年 Stephen ROCHE (IRL)
  • 第75回 1988年 Pedro DELGADO (ESP)
  • 第76回 1989年 Greg LEMOND (USA)
  • 第77回 1990年 Greg LEMOND (USA)
  • 第78回 1991年 Miguel INDURAIN (ESP)
  • 第79回 1992年 Miguel INDURAIN (ESP)
  • 第80回 1993年 Miguel INDURAIN (ESP)
  • 第81回 1994年 Miguel INDURAIN (ESP)
  • 第82回 1995年 Miguel INDURAIN (ESP)
  • 第83回 1996年 Bjarne RIIS (DEN)
  • 第84回 1997年 Jan ULLRICH (GER)
  • 第85回 1998年 Marco PANTANI (ITA)
  • 第86回 1999年 −
  • 第87回 2000年 −
  • 第88回 2001年 −
  • 第89回 2002年 −
  • 第90回 2003年 −
  • 第91回 2004年 −
  • 第92回 2005年 −
  • 第93回 2006年 Oscar PEREIRO SIO (ESP)
  • 第94回 2007年 Alberto CONTADOR VELASCO (ESP)
  • 第95回 2008年 Carlos SASTRE (ESP)

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