1. ヘッダーへジャンプ
  2. サイト内メニューへジャンプ
  3. コンテンツへジャンプ
  4. フッターへジャンプ
-->
  • ジャンル
  • フリーワード
  • サイト内検索


J SPORTSサイトメニュー
  1. 野球
  2. サッカー
  3. ラグビー
  4. サイクルロードレース
  5. モータースポーツ
  6. WWE
  7. バスケットボール
  8. スキー
  9. フィギュアスケート
  10. 卓球
  11. バドミントン
  12. ダンス
  13. その他

ジロ・デ・イタリア2015 レースレポート

THE STAGES
  1. ステージ01
  2. ステージ02
  3. ステージ03
  4. ステージ04
  5. ステージ05
  6. ステージ06
  7. ステージ07
  8. ステージ08
  9. ステージ09
  10. ステージ10
  11. ステージ11
  12. ステージ12
  13. ステージ13
  14. ステージ14
  15. ステージ15
  16. ステージ16
  17. ステージ17
  18. ステージ18
  19. ステージ19
  20. ステージ20
  21. ステージ21
THE STAGES

第21ステージ 05/31 Sun.

リザルトはこちらから

3週間の長い旅を終えて、蒸し暑いミラノへと、ジロ一行はたどり着いた。リヴィエラから198人で走り出したプロトンは、163人にひとまわり小さくなっていた。ほんのりばら色に染まったティンコフ・サクソ列車は、2008年以来2度目の総合優勝を祝うアルベルト・コンタドールを乗せて、先頭で、極めて静かに走り続けた。コース上ではスプマンテやキャビアがちょっとだけ振舞われ、コンタドールは人生最後のジロ・デ・イタリア区間を、ただ心行くまで楽しんで走るだけだった。

総合争いの戦いは、昨夜、セストリエーレの山の上で幕を閉じた。表彰台の3席も、山岳賞ジョヴァンニ・ヴィスコンティと新人賞ファビオ・アルの立場も、もはや脅かされることはなかった。大逃げフーガ賞も中間スプリント賞も、前日の逃げで最後のひとプッシュを決めたマルコ・バンディエーラがそのまま手に入れたし、敢闘賞は前日まで首位のフィリップ・ジルベールが守りきった。つまりは最終日ミラノまでもつれ込んだのは、マリア・ロッサの行方だけ。ジャコモ・ニッツォーロが17pt差でマリア・ロッサを着ていたけれど、いまだ数人に首位奪還のチャンスが残されていた。

だから最終日の、平坦ステージだからと言って、決して平凡なレースが繰り広げられたわけではなかった。第1中間スプリントに向けて、ポイント賞4位につけていた……ジルベールがチームメート2人を連れて飛び出した!最終日にまさかの「逃げ集団」を作っての、ポイント収集作業だった。後方ではニッツォーロのチームメート、別府史之とマルコ・コールダンがポイント潰しのスプリントを打った。

「ジルベールがポイントを獲りに行って、僕は残りポイントを潰しに行きました(4pt獲得)。そこまでは良かったんです。ただチームの読みでは、サーシャ・モドロやエリア・ヴィヴィアーニはポイント収集には行かないだろうと考えていました。ところが第1ポイントで、モドロがポイントを獲った。これで計算を大きく修正する必要に迫られました」(別府史之、ゴール後インタビューより)

最終ステージを制したケイセ
最終ステージを制したケイセ

だから第2中間ポイントでは、ニッツォーロ本人がポイント獲得に動いた。最終周回コース5.4km×7周の、2周目に入り、イーリョ・ケイセとルーク・ダーブリッジが果敢な逃げに飛び出した後、きっちりと3位通過を手に入れた。これにてニッツォーロのポイント総計は168pt。それでもいまだ、赤ジャージは安泰ではなかった。ジルベール148pt、モドロ144pt、ヴィヴィアーニ134ptと後に続き、そして最終区間首位には大量50ptが与えられる。

「だから……実を言うと、チーム的には逃げの2人に、最後まで行ってもらったほうがよかったんです。区間勝利は欲しいけれど、ジャージを確実に手に入れるためには、先の2人がポイントを潰してくれたほうがありがたい。だから、あえて、2人を追いませんでした」(別府史之、ゴール後インタビューより)

すでにジロで区間2位を6回経験してきたニッツォーロは、ミラノでは、自ら区間勝利のチャンスを諦めた。名を捨てて実を取るために――。そして、トレックが前線から消えたプロトンは、道幅が極めて細く、一周あたり13ものカーブが待ち受けた周回コースで、思うような追走列車を組み上げることが出来なかった。

しかも、パンクが多かった。たとえば4周回目では、ヴィヴィアーニ擁するスカイが前線で牽引中に、レオポルド・ケーニッヒがパンクにあった。総合6位の一大事に、チームのほぼ全員が後方に下がらざるを得なかった。5週回目ではジルベールもパンク。6周回目の終わりには別府史之もパンクし、集団から離脱している。理由は路面電車のレール。コースと交わる部分は、一応は保護シートで覆われていたが、それでもパンク多発は防げなかった。2009年ジロの第9ステージのミラノ周回コースで、「細い道と路上駐車、さらには路面電車のレールが危険すぎる」と、選手たちが戦いをニュートラル化させたこともあったっけ……。

なにより、逃げていた2人の脚が、スペシャルだった。ダーブリッジは2011年トラック団体追抜世界チャンピオンで、タイムトライアルがめっぽう速い。一方のケイセは、北京五輪マジソンでは惜しくも4位でメダルを逃したが、冬場は6日間レースでタイトル荒稼ぎしている。しかも2人の「トラック野郎」が爆走する周回コースの内側には、かつてはファウスト・コッピやジャック・アンクティルがアワーレコードを樹立し、6日間レースの殿堂とも呼ばれた、歴史と伝統のあるヴィゴレッリ自転車競技場!

ミラノまでマリア・ローザを守ったコンタドール
ミラノまでマリア・ローザを守ったコンタドール

「ひどくトリッキーな周回コースで、コーナーが多かった。今の僕はロード選手だけど、本来はトラック選手だった。だからカーブは結構上手くこなせる。共犯者がダーブリッジだったのも、幸いだった。僕ら2人はパーフェクトに協力し合ったし、あらゆるカーブに全力で突っ込んだ」(ケイセ、公式記者会見より)

2周回目には18秒だったタイム差は、統制に欠けるプロトンを尻目に、1分にまで広がった。残り2周になっても40秒のまま。ランプレ発射台の「最後から2番目」ロベルト・フェラーリが、本来の役目をかなぐり捨てて追走を引っ張ったが、最終周回突入時でいまだ36秒もの差が存在していた。最終1kmで、25秒差。こうしてグランツール最終日の平坦周回コースが、久しぶりに、大集団スプリント以外の方法で締めくくられた。ツール・ド・フランスでは、2005年にアレクサンドル・ヴィノクロフが、最終周回の意表をつく飛び出しで勝利をさらっている。2015年ジロ・デ・イタリアは、トラック仕込みの「たっぷり駆け引きしてからの1対1スプリント」で、ケイセが初のグランツール区間勝利をもぎ取った。

「本当に嬉しいよ。僕のためだけでなく、チームにとっても。健康問題や不運続きで、チームにとっては難しいジロだった。ウランは体調不良に苦しんだし、最初の数日で2人のチームメートを失った。それでも、3週目まで、結果を追い求めて僕らは戦い続けた。そして最後の最後に、エティクス・クイックステップの名を、2015年ジロの成績表に刻むことが出来た。誇らしいよ。それに、最後の夜くらいは、チームメートたちとこの長くて辛い3週間の終わりを祝いたかったからね」(ケイセ、公式記者会見より)

追走をミスしたスプリンター勢は、勝者から9秒遅れの、3位争い+ポイント収集のスプリントで満足するしかなかった。ニッツォーロが5位に入り――モドロ13位、ヴィヴィアーニ7位、ジルベールは51秒遅れの集団でゴール――、目標通りに、赤いポイント賞ジャージを守りきった。18秒遅れの集団では、マリア・ローザ姿のアルベルト・コンタドールが、両手を上げながらフィニッシュラインを越えた。3本の指をアピールしながら。

左から総合2位のアル、1位のコンタドール、3位のランダ
左から総合2位のアル、1位のコンタドール、3位のランダ

自らの限界に達したザカリンが、後方へと脱落して行った後も、先頭集団の5人がスピードを緩めることはなかった。後方のコンタドールとの差は、ラスト5kmで1分25秒、3kmで1分40秒……。そしてゴール前2km。アルが飛び出した。最後までしがみついたウランもラスト1700mで振り払い、セストリエーレの山頂へと真っ先にたどり着いた。2日連続の山頂フィニッシュ勝利で、少しほろ苦い思いも味わった2015年ジロを、美しく締めくくった。

「初めてジロに来た2008年は、開幕直前に召集された。レースも知らなければ、どんな風に受け入れてもらえるのかも、どんな山が待ち受けているのかも知らなかった。2011年大会は、入念な準備で挑んだ。シーズン序盤からみっちり乗り込んできた。今回は逆に、シーズン初頭からレースはこなしてきたけれど、もう少し静かに、考えながら走ってきた」(コンタドール、公式記者会見より)

そして、人生で走った3回のジロ・デ・イタリアを、コンタドールは3回全て勝ち取った(2度目のタイトルは、2010年ツール期間中のドーピング問題により、後年剥奪された)。3週間壮絶なバトルを繰り広げ、時には苦しめ、最後は苦しめられたアスタナの2人、ファビオ・アルとミケル・ランダを両脇に従えて、スプマンテファイトをたっぷりと楽しんだ。辺りが見えなくなるほどの、ピンク色の紙吹雪に包まれて、しかし、コンタドールの気持ちは、すでに7月に飛んでいる。

「僕のツール・ド・フランスは、今この瞬間からスタートする。準備は今から始まるんだ」(コンタドール、公式記者会見より)

ばら色の5月が華やかに幕を閉じた。黄色争奪戦の足音が、早くも聞こえ始めている。

ハイライト動画

text:宮本あさか
写真すべて:©Yuzuru SUNADA

このページの上部へ戻る


この記事にコメントする

この記事に関するコメントをお寄せください。コメント投稿には Twitter、Facebook、J SPORTS Web会員のIDがご利用いただけます。


J SPORTS オンデマンド
J SPORTSを2週間お試し体験!
J SPORTS オンラインショップ情報

facebook


ピックアップ動画

Cycle*2018 ツール・ド・フランス 第21ステージハイライト

Cycle*2018 ツール・ド・フランス 第21ステージハイライト

YouTube J SPORTSチャンネルを登録!

J SPORTS動画一覧


本サイトで使用している文章・画像等の無断での複製・転載を禁止します。
Copyright© 2003 - 2019 J SPORTS Corporation All Rights Reserved. No reproduction or republication without written permission.