ジロ・デ・イタリアとは
初夏のイタリアを、3週間かけて一周するジロ・デ・イタリア。1909年に開始して以来、2度の世界大戦に中断を余儀なくされながらも、昨年2009年には記念すべき100周年大会(第92回)が華やかに執り行われた。
ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャに先駆けて、シーズン最初に行われるグラン・ツールは、また3大ツール中で最も過酷な大会と言われている。「チマ・コッピ」「パンターニの山」と、かつて山を制した王者たちがその名を大会に刻むように、ジロを特徴付けるのは厳しい山。特にイタリア北部、 2000m級の峠が連なるドロミーティ山塊は例年、死闘の舞台となる。山での戦いはときに最終日前日まで繰り広げられる。
総合勝者の証は、ピンク色のリーダージャージ「マリア・ローザ」。ガゼッタ・デッロ・スポルト紙にちなんだこのシンボルカラーから「ばら色のレース」とも呼ばれるジロは、21日間の熱戦の果て、華やかなグランドフィナーレを迎える。
2010年ジロの概要
昨年華やかな100周年大会を祝ったジロ・デ・イタリアが、心機一転、新たな歴史を刻み始める。5月8日(土)から30日(日)までの23日間、全21ステージ3485.3kmの長い旅の終わりに、101年目のマリア・ローザが誕生する。
8.4kmの開幕個人タイムトライアルの舞台となるのはオランダ・アムステルダム。オランダは昨年ブエルタのアッセン→ジロ・アムステルダム→ツール・ロッテルダムと3グランツールを連続で迎え入れることになる。アムステルダムで3日間過ごしたプロトンは、大会最初の休日を利用してイタリア入り。第4ステージ・サビリアーノ〜クーネオのチームタイムトライアルから、本格的な「イタリア一周」へと進んでいく。
例年、山岳の難しさが話題になっているジロだが、2010年大会も例外ではない。難関山岳ステージが全部で6つ。うち5つが頂上フィニッシュという恐ろしさだ。特に大会後半ドロミーティ山塊に突入してからは、ゾンコラン、プラン・デ・コロネス、モルティローロという名だたる激坂が目白押し。注目すべきは第16ステージは未舗装区間5kmを含む12.9kmのプラン・デ・コロネス個人タイムトライアル!2年前の初登場時にスクーターが白煙を吐いたほどの急勾配24%が、今年もマリア・ローザ争いを大いに左右してくれるだろう。
最終日前夜まで難関山岳で大いに苦しめられた選手たちは、5月30日、ヴェローナへとたどり着く。一昨年までは最終ゴール地はミラノがおなじみだったものだが、今年はロミオとジュリエットで有名な中世都市で戦いの幕を下ろす。もちろん15kmの個人タイムトライアル――最大9%の起伏付き――だけに、最後の最後まで表彰台メンバーが入れ替わる可能性を秘めている。冒険と革新を常に求め続ける、いかにもジロらしい終わり方だ。
ジロ近年の振り返り
ツール・ド・フランスが世界最大のレースなら、イタリア人選手にとってジロは世界一美しいレースであり、時にツールよりも重要な大会だ。だからこそ1997年大会をゴッティが制して以来、2007年のディルーカ優勝まで、イタリア人チャンピオンによるマリア・ローザ独占が続いてきた。ところが過去2年、イタリア一周に異変が起こった。外国人選手がジロ王者の座を奪い去ってしまったのだ。
2008年のマリア・ローザは、初出場コンタドールの手に落ちた。しかも開幕1週間前に急遽チームが招待され、ビーチバカンス中のところを呼び出されたという逸話付き。前年のツール総合勝者は調整不足にも関わらず、難関山岳やタイムトライアルをスマートにこなし、区間勝利のないままミラノに凱旋を果たした。ちなみにコンタドールは同年のブエルタ・ア・エスパーニャでも総合優勝を決め、史上5人目、現役では唯一の3大ツール完全制覇を成し遂げている。
ヴェネツィアからスタートし、イタリアを代表する大都市やジロ伝説の峠を通過しながらローマへとたどり着いた2009年100周年大会は、メンショフとディルーカの熾烈な戦いで彩られた。特に難関山岳ステージではわずかなタイム差をめぐるボーナスタイム獲りが繰り広げられ、連日のようにフィニッシュラインまで手に汗握る駆け引きが行われた。また最終日ローマの古代闘技場の周囲で行われた個人タイムトライアルでは、石畳を濡らす雨のせいで総合首位のメンショフがゴール直前に落車してしまうアクシデントも。それでもマリア・ローザを守りきり、雄叫びを上げる総合勝者の姿は感動を呼んだ。(残念ながら後に総合2位ディルーカのCERA陽性が発覚している)
また近年のジロ・デ・イタリア開催委員会はチャレンジ精神が旺盛で、2003年には最大斜度22%のゾンコラン、さらに2006年には最大24%+未舗装のプラン・デ・コロネス(同年は雪のためコース短縮。2008年にようやく頂上へとたどり着いた)という超難関峠をコースに組み入れてきた。そして現在は2012年のアメリカ・ワシントンスタートを計画している……。
各賞ジャージ紹介
- マリア・ローザ(総合リーダージャージ)
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総合タイム首位の選手に与えられるピンクのジャージ。ピンクの色は、ジロ・デ・イタリアを主催しているイタリアの全国紙「ラ・ガゼッタ・デッロ・スポルト」の新聞カラーからとられている。
- マリア・チクラミーノ
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各ステージのゴールポイント+中間スプリントポイントの通算トップ選手に与えられるポイント賞ジャージ。昨季までは赤紫色のマリア・チクラミーノだったが、今季からは新たに「情熱の赤」ジャージに生まれ変わった。
- マリア・ヴェルデ
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山岳ポイント総合トップの選手に与えられる緑色の山岳ジャージ。
- マリア・ビアンカ
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1994年に消滅した新人賞が2007年から復活。1984年生まれ以降の若手を対象とし、総合タイムがトップの選手に与えられる純白のジャージ。
歴代チャンピオン
- 第1回 1909年 GANNA Luigi
- 第2回 1910年 GALETTI Carlo
- 第3回 1911年 GALETTI Carlo
- 第4回 1912年 a squadre: ATALA
- 第5回 1913年 ORIANI Carlo
- 第6回 1914年 CALZOLARI Alfonso
(戦争のため中断) - 第7回 1919年 GIRARDENGO Costante
- 第8回 1920年 BELLONI Gaetano
- 第9回 1921年 BRUNERO Giovanni
- 第10回 1922年 BRUNERO Giovanni
- 第11回 1923年 GIRARDENGO Costante
- 第12回 1924年 ENRICI Giuseppe
- 第13回 1925年 BINDA Alfredo
- 第14回 1926年 BRUNERO Giovanni
- 第15回 1927年 BINDA Alfredo
- 第16回 1928年 BINDA Alfredo
- 第17回 1929年 BINDA Alfredo
- 第18回 1930年 MARCHISIO Luigi
- 第19回 1931年 CAMUSSO Francesco
- 第20回 1932年 PESENTI Antonio
- 第21回 1933年 BINDA Alfredo
- 第22回 1934年 GUERRA Learco
- 第23回 1935年 BERGAMASCHI Vasco
- 第24回 1936年 BARTALI Gino
- 第25回 1937年 BARTALI Gino
- 第26回 1938年 VALETTI Giovanni
- 第27回 1939年 VALETTI Giovanni
- 第28回 1940年 COPPI Fausto
(戦争のため中断) - 第29回 1946年 BARTALI Gino
- 第30回 1947年 COPPI Fausto
- 第31回 1948年 MAGNI Fiorenzo
- 第32回 1949年 COPPI Fausto
- 第33回 1950年 KOBLET Hugo
- 第34回 1951年 MAGNI Fiorenzo
- 第35回 1952年 COPPI Fausto
- 第36回 1953年 COPPI Fausto
- 第37回 1954年 CLERICI Carlo
- 第38回 1955年 MAGNI Fiorenzo
- 第39回 1956年 GAUL Charly
- 第40回 1957年 NENCINI Gastone
- 第41回 1958年 BALDINI Ercole
- 第42回 1959年 GAUL Charly
- 第43回 1960年 ANQUETIL Jacques
- 第44回 1961年 PAMBIANCO Arnaldo
- 第45回 1962年 BALMAMION Franco
- 第46回 1963年 BALMAMION Franco
- 第47回 1964年 ANQUETIL Jacques
- 第48回 1965年 ADORNI Vittorio
- 第49回 1966年 MOTTA Gianni
- 第50回 1967年 GIMONDI Felice
- 第51回 1968年 MERCKX Eddy
- 第52回 1969年 GIMONDI Felice
- 第53回 1970年 MERCKX Eddy
- 第54回 1971年 PETTERSON Gosta
- 第55回 1972年 MERCKX Eddy
- 第56回 1973年 MERCKX Eddy
- 第57回 1974年 MERCKX Eddy
- 第58回 1975年 BERTOGLIO Fausto
- 第59回 1976年 GIMONDI Felice
- 第60回 1977年 POLLENTIER Michel
- 第61回 1978年 DE MUYNCK Johan
- 第62回 1979年 SARONNI Giuseppe
- 第63回 1980年 HINAULT Bernard
- 第64回 1981年 BATTAGLIN Giovanni
- 第65回 1982年 HINAULT Bernard
- 第66回 1983年 SARONNI Giuseppe
- 第67回 1984年 MOSER Francesco
- 第68回 1985年 HINAULT Bernard
- 第69回 1986年 VISENTINI Roberto
- 第70回 1987年 ROCHE Stephen
- 第71回 1988年 HAMPSTEN Andrew
- 第72回 1989年 FIGNON Laurent
- 第73回 1990年 BUGNO Gianni
- 第74回 1991年 CHIOCCIOLI Franco
- 第75回 1992年 INDURAIN Miguel
- 第76回 1993年 INDURAIN Miguel
- 第77回 1994年 BERZIN Eugeni
- 第78回 1995年 ROMINGER Tony
- 第79回 1996年 TONKOV Pavel
- 第80回 1997年 GOTTI Ivan
- 第81回 1998年 PANTANI Marco
- 第82回 1999年 GOTTI Ivan
- 第83回 2000年 GARZELLI Stefano
- 第84回 2001年 SIMONI Gilberto
- 第85回 2002年 SAVOLDELLI Paolo
- 第86回 2003年 SIMONI Gilberto
- 第87回 2004年 CUNEGO Damiano
- 第88回 2005年 SAVOLDELLI Paolo
- 第89回 2006年 BASSO Ivan
- 第90回 2007年 DI LUCA Danilo
- 第91回 2008年 Alberto CONTADOR VELASCO
- 第92回 2009年 MENCHOV Denis
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