今回の日本代表について、僕にとっての最大の謎は「岡田監督はなぜ大会直前になって阿部をアンカー(またはフォアリベロ)に置く4-1-4-1(または4-3-3)システムに変更したのか」ということだ。
論理的に考えて当然変更すべき、あるいは当然一度はトライすべきことだったのだから、常識的に考えてアジア予選突破後のなるべく早い段階で試しておくべきだったのではないかと思うのだ。コートジボワール戦での完敗をきっかけに「ワールドカップでは守備を中心に戦うべきだ」という意見が選手の間から出てきて、それを岡田監督が容れてああいう戦い方になったのだという報道もある。だが、普通なら、監督が守備的に戦うことを指示して、それに対して選手の方からは「もっと攻撃的に戦いたい」という意見が出るものなのではないか。
一部に言われているように、そもそも岡田監督は「相手の良さを消す戦い方」が得意な監督なはずだ。本人はそれを認めたがらないが、岡田監督率いる横浜F・マリノスが浦和レッズとJリーグのチャンピオンシップを争ったときの戦い方はまさにそれだった。選手が言い出すまで岡田監督が攻撃的に戦おうとしていたとは、やはり思えないのである。だが、そういう報道がなされている以上、選手の間にそういう意見があったというのも事実なのだろう。
また、岡田監督が4-1-4-1を選択することになったのは中村俊輔が使えなくなったことと関連しているとも言われている。実際、岡田監督は「90分間前からプレッシャーをかける戦い方は、中心選手すべてがフルにプレーできないと機能しない」という趣旨のことを語っている。では、中村俊が元気だったら、日本代表はアジア予選と同じような戦いを挑んだのか?そのへんを、僕たちはいったいどう解釈すべきなのか……。
「中盤に守備の強いMFをアンカー(またはフォアリベロ)として起用する」というアイディアは、当然、岡田監督の頭の中にはずっとあったはずだ。問題は、戦い方を切り替えるタイミングの問題だったのだろう。
一方で、アジア予選以来掲げてきた「ボールを奪ったら、速いパスを使って攻める」というコンセプトは崩したくないという気持ちも、岡田監督の中では強かったはずだ。守り主体で戦うとしても、日本の場合ベタ引きの守り方(たとえば、2009年のコンフェデレーションズカップで、アメリカがスペイン相手にやったような戦い方)では90分持つはずがない。つねに攻めの姿勢を見せ、少しでも日本のゴール前から遠い位置で戦う必要がある。そのためには、日本ができる攻めの形として、「ボールを奪ってからのショートカウンター」というコンセプトは失いたくないのだ。
あまりに早く守備的な戦いに切り替えると、そういうコンセプトが失われてしまう。12年前のフランス・ワールドカップの時、岡田監督は初戦で対戦するアルゼンチンを偵察して「4バックでは守りきれない」と判断し、最終的に3バックの採用を決断した。そして、スカウティングビデオを駆使して、岡田監督は選手たちに「なぜ3バックに変更するのか」を論理的に説得したのだという。それで選手たちは納得したが、当時のある主力選手はやはり「どうして?」と思ったと述懐している。
後にJリーグで監督を務めていた時代に、岡田監督自身「あの頃の自分は論理で押し切った」というようなことを言っている。それを聞いて、僕は岡田が「今のオレはそうではない」ということを言外に言っていたように感じた。前回のコラムにも書いたように、2009年11月の南アフリカ遠征のとき、日本代表は稲本をアンカーに置く形を試して守備面では成功していた。そして、2010年に入ってからのいくつかの試合でも、岡田監督は稲本をアンカー(フォアリベロ)に置く形を何度か試みている。スタートは4-4-2でも、途中で4-1-4-1に切り替えているのだ。そして、切り替えはきわめてスムースにいっていた。むしろ、その切り替えによってチームが生き返った。
「ということは、4-1-4-1に変更するのには、それほど時間はかからない」。岡田監督は、そう判断したのではないか。そして、12年前の岡田監督と違って、選手を論理で納得させて切り替えを図るのではなく、もっと自然に、できれば選手の間からそういう気持ちが出てくるのを待ったのではないか。
昨年9月にはオランダのような強豪相手にもアジア予選と同じ戦い方で挑んで、0-3で負けた。岡田監督は、いずれは守備的な戦い方に切り替えることは承知の上で、ああいう戦いを挑んでいたのだろう。そして、大会直前に中村俊輔のコンディションが回復しそうもないことが明らかになり、コートジボワール戦で完敗したことで、「90分間前からプレッシャーをかける」という戦いが不可能なのが明らかになり、選手の間から「もう少し守備的に戦うべきだ」という意見が出てきたとき、まさに「待ってました」とばかり、そのタイミングで岡田監督が戦い方の変更を決めたと考えるべきではないのだろうか。
4-1-4-1への変更には時間は必要ない。変更は論理の力で押し付けるのではなく、そういう機運が生まれるのを待つ。それが、12年経って指導者として経験と実績を積み、指導者として進化した岡田監督のやり方だったのではないか。それにしても、大会直前に戦い方を変更するのだから、リスクは大きい。だが、それが結果的にチームの中からマンネリ感を一掃するという副次的な効果も生み、見事にはまってチームが生まれ変わった。岡田武史の賭けは見事に当たった。
それが、僕の解釈である。いや、そんな深慮遠謀などなかったのかもしれない。
「どちらの戦い方も視野に入れながら準備をしてきた岡田監督が、大会直前に単に流れに乗っただけ」という解釈もできる。それはそれ。タイミングを逃さず、過去にこだわり過ぎずに、感覚的に流れにうまく乗ってしまえる監督は名監督といってもいいのである。
後藤 健生 07月24日21:50
【後藤健生コラム】南アW杯を振り返る vol.1 〜スペイン代表 はこちらから
【後藤健生コラム】南アW杯を振り返る vol.2 〜日本代表 前編 はこちらから
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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