今年も6月17〜18日に決勝レースが行われるル・マン24時間耐久レース。今大会で85回を重ねる長い歴史の中で繰り返されたテクノロジーの進化と挑戦の日々が再び激突する。栄冠を手にするのは果たしてどのチームか。ル・マンを知る12人の男達がその深淵な戦いの歴史と魅力を紡ぐ。#03は1995年大会に日産GT-R LMで総合10位という殊勲を遂げた近藤真彦が語る(前編)。

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きっかけは「スティーヴ・マックィーン」/関谷正徳(前編)
マクラーレンで走ったワケ/関谷正徳(後編)
初参戦のオーディション/荒聖治(前編)
総合優勝のポイントとは/荒聖治(後編)
「朝日に相当感動して、涙が出そうなくらいだった」/近藤真彦(前編)
「戦いに行く、それが僕にとってのル・マン」/近藤真彦(後編)

「近藤君、日産でワークスのドライバーをやってみないか。ル・マンに行ってみないか」

——初めてのル・マンは、出場ではなく観戦だったとか?
近藤:日産がプロジェクトとして参戦していたとき、当時の僕は日産車のコマーシャルに出てたんです。それで宣伝担当の方がプロモーションの一環で、ル・マンに連れていってくれました。

——初めて見るル・マンの印象は?
近藤:星野(一義)さんと、夜中一緒にユノディエールまで他のクルマの走行を見に行ったんです。当時はまだシケインがなくて、まっすぐで。プジョーとか、400km/hで走ってくるんです。えーっ!? って感じですよ。ユノディエールから入ってきたクルマのライトが見えて、あっ、来た! って思ったら、もうファンッ!って(消えて…)。で、星野さんが「ヤバいなぁ。あんなの乗ってんのか」って言うんです(笑)。それがとても印象的でした。それから、夕方、ライトオンが提示されたときと、あとは明け方の朝日。応援団のひとりとして行った僕でも感動しました。のちに自分が出場して走ったときも、朝日に相当感動しましたね。もう、涙が出そうなくらいでした。メインストレートを通って、ダンロップシケインを行くか行かないか…、そのあたりから見えてくるんです。乗っていて朝日が出たら、「ラッキー!」って感じてました。

——初めてのル・マン観戦で引き寄せられ、参戦したいと?
近藤:いやいや、ル・マンでレースを見たときは、自分があの場所に戻ってくるとは思わなかったですよ。将来、また観光かなにかで見に来ることはあるとしても、ル・マンに参戦するだなんていう大それたことはなにひとつ考えなかったです。これっぽっちも。とはいえ、その後も日本でのレース活動は続けていたし、ずーっとびりっかすでしたけど、少しずつステップアップして。それでGT選手権にも出るようになって、ちょっと速くなってきてたんですね。僕って、一撃の速さがなくても、言われたとおりのペースで走れるタイプだったんですよ。それにデフもギアもミッションも壊さず走れるタイプでね。一撃タイプは、クルマを壊しちゃうでしょう!?(笑)。僕の場合はそういうタイプじゃなかったので、中継ぎの役目としてきっちり仕事ができたんです。ちゃんと次のドライバーにバトンをパスできるタイプだったというわけです。で、こういう僕のレースを見ていた当時のニスモの監督である水野(和敏)さんから声がかかりました。

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