大学バスケット日本一を争う全日本大学バスケットボール選手権大会(通称:インカレ)で、男子14回という史上最多の優勝回数を誇る日本体育大学。かつて大学バスケット界に黄金期を築き上げたその強さの源はどこにあったのか?1987年のインカレで日体大をキャプテンとして牽引した佐々木睦己氏と、当時フォワードとしてプレーした小川直樹氏、チームを日本一に導いた2人のキーマンに話を聞いた。

「当時の日体大の諸先輩方はすごい人ばかり」と語るのは日体大から実業団の日本鋼管でプレーし、現在はBリーグ横浜ビー・コルセアーズのGMを務める小川直樹氏だ。「高校生の時に練習を見せてもらったが、陸川章さんや斉藤慎一さん、本間大輔さん、その下に田中竜二さんや山下雄樹さんなど、皆、日の丸を背負った人達ばかり。オーラが全く違った」とタレント揃いだった当時のメンバーを振り返る。

当時の部員数は約300人。1軍、2軍(A・B)、そして3軍が1班〜4班まで分かれているという完全実力主義の世界。松下電器や日本代表でプレーし、現在では東海大札幌高校を指導する佐々木睦己氏(前U18日本代表Aコーチ)は「入学直後にU-18アジア選手権でプレーするため、入学式にも出られずにソウルに行っていた。帰国したら履修準備の為に、マネージャーが迎えにきていた」と話すほど、全てがバスケット優先とされた。

大学屈指の練習量で知られた日体大。2人が揃えて口にしたのが“夏の北海道合宿”だ。
日体大が誇る「速攻」を徹底的に鍛え上げる目的で課された「ファイブメンクロス」はランとシュートを何十往復と繰り返す。シュートを外したらその分の本数が追加されるというペナルティー付きだ。
小川氏は「40分間フルに走れる強靭な体を作り上げる為の練習。それにしてもキツかった」と苦笑いを見せる。また、佐々木氏は「合宿後、大学に戻り練習で同じファイブメンクロスをして驚いた。自分でもびっくりするぐらい高く飛んだ。そのぐらいジャンプ力が上がった記憶がある。この練習をしていたらこれだけ変われるんだと実感した」と語るほどのハードワークが強さを支えていた。

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