倉敷保雄×ヤリ・リトマネン。
2007年7月31日。マルメ・スタディオンにて

『Foot!』で月曜から金曜までそれぞれMCを担当している5人のアナウンサーに、これまでの半生を振り返ってもらいつつ、どういう想いで今の仕事と向き合っているかを語っていただいています。
五者五様の“オリジナルな生き方”を感じて戴ければ幸いです。


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Q:八塚さんもおっしゃっていましたけど、ラジオ福島にスポーツ中継は競馬しかなかったんですよね?

A:はい。競馬中継の面白さはもちろんあったと思いますけど、視力が弱かった僕にはいろいろと難しかったんです。現代のように高解像度のモニターがあれば助かったでしょうけどね。秋冬開催は白鳥が渡ってくる頃まで続くんです。時には双眼鏡を曇らせて、前が見えなくなってしまったこともありました。そうするとトイレの中で賭け事をやっている人の声が甦ってくるんです。ちょっと怖い会話です。「馬の名前を間違えたらおっかないことになるかも」と。僕は「絶対に双眼鏡を曇らせてはいけない」と思って、メガネからコンタクトに変えたんですが、当時のハードレンズはどうしても合わなくて、結局目から内出血してしまって、「君、このままだともっと目が悪くなるよ」と眼科医に言われて、コンタクトはやめてしまいました。それからも「視力の弱さをどう補うか?」という試行錯誤に明け暮れていたので、競馬中継に対する楽しい思い出というのはあまりないんです。今だったら違うアプローチをするでしょうけど、当時はそれほど好きになれなかったというのは残念です。競馬中継は本当に面白い中継なのにね。

Q:ラジオ福島時代は音楽番組へ力を入れられていたというのは、Wikipediaにも書いてありました。

A:そうです。音楽番組を週に7本ぐらい担当していて、帯番組もありました。僕は入社1年目から「東京で再就職したい」という浮わついた気持ちもどこかにあって、「すべては東京に帰るための修行だ」なんて考えながら勤務していた、いけない新人だったんです。ところが「ここはかりそめの土地なんだ」なんて思っていたはずが、福島という土地と福島の人たちをそれからどんどん好きになってしまうんですけどね。当時は「ここでできることはみんなやっておこう」と考えたので、休みの取れる日には東京に帰ってきて、当時の東芝EMIやワーナー・パイオニアなどレコード会社の担当ディレクターに名刺を持って会いに行ったんですよ。自分でアポを取って。「福島で音楽番組を担当しているアナウンサーですが、マドンナ担当の方はどなたでしょうか?」「デュラン・デュランの担当はどなたですか?」なんてね。そうすると地方から訪ねて来るパーソナリティなんて珍しかったらしく、向こうとしてもプロモーションの機会ですから、たくさんの方が時間を割いて会って下さったんです。そうすると僕宛てに“宣材”が届くんです。新人の1年生の所にだけ、先輩の所には来ないレコードとか、宣伝のTシャツとかグッズがいっぱい届くようになったんですよ。まあ怒られましたね(笑)

Q:怒られるんですか?(笑)

A:うん、凄く(笑)。 「すみません。生意気で」と謝りましたけど、納得は行かなかったですね。でも、生意気な新人がいるんだったら「やらせてみようか」とチャンスを与え続けて下さったのがありがたかったです。良い会社なんですよ。「失敗すればいいのに」という気持ちも少しはあったかもしれないですけどね。そうしてどんどん音楽担当アナになっていく訳です。ツテはどんどん増えますし、いわゆる“呼び屋さん”という東北のプロモーターが「仙台から東京に移動する前に、福島に寄ったら君の番組に出られる?」という連絡をくれたりするようになりました。あるいは「来日するアーティストに、君の番組の名前をコールさせたから使ってね」というような話がどんどん来るような環境を作っていったんです。当時のEPIC・ソニーは丸山(茂雄)さんという天才的な社長が就任した時期であり、TM NETWORKとか久保田利伸さんたちが出てきて、あわせて『PATi・PATi』などの雑誌が出始めた、J-POPの走りといえる時期だったので、やっていてすごく面白い時代でしたね。レコードからCDが出始めたタイミングです。スポーツを忘れて夢中になっていました。当時はまだ“はがき”の文化で、もらったはがき1枚で僕も悩んだことがずいぶんありました。「何気なく口にした一言で傷つく子供たちがいるんだ」とか「真剣に向き合っているファンを前にすれば、知ったかぶりはすぐにばれる。わかったようなことを言ってはいけない」とかね。こっちもたかが二十代のお兄さんでしたけど、リスナーたちとマジメに向き合った毎日でした。本当に楽しかった。その中でもやっぱり趣味の部分は捨てられなかったので「音楽だけでなく曜日の1つだけは特撮の日にしよう」とかね(笑)

Q:完全に自分のための時間ですね(笑)

A:当時、郡山の『やまのいカルチャーセンター』にM1号という特撮ファンの間では有名なお店があって、代表の西村(祐次)さんという方と知り合いになったんです。ラジオにも出てもらいました。彼は日本の主要な特撮系の資料雑誌に、たくさんの貴重品を提供している有名なコレクターなんですけど、その人と知り合ったことで東宝に知り合いができて、『ゴジラ』のコメンタリーに繋がり、ひいては出演にも繋がっていく流れができたり、ということもその頃の話なんです。まだ僕の話はサッカーには辿り着かないですよ(笑)

Q:全然辿り着かないですね(笑) 『今夜はロケットパンチ!』にかなり思い入れがあるという風に聞いています。

A:代表作ですね。企画から始まってあらゆるブッキング、原稿、選曲、出演、ミキシングに完パケまで一人でしていた帯番組なので。「編成に音楽の番組なんだよね?」と言われたから、「そうです。ロックです。“Rock,It,Punch”です」と(笑)

Q:苦しいですね(笑)

A:造語ですもの。“ロケットパンチ”という言葉を使いたかったのですが、それだけだと音楽の番組には聞こえないから「ロックの番組です!」と言い張ったと(笑) でも、人気番組だったと思いますよ。

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