2006年トリノ五輪から早10年。フィギュアスケートはどのように隆盛してきたのか。過去10年の歴史=ディケイド(decade)を彩るトップスケーター達が逆境や後続からトップに立ち、“突き抜けた”瞬間を振り返る。

ペア大国中国のはじまり
シュエ・シェン/ホンボー・ツァオ組(中国)【シニア活躍時期:1993-2010】

現在、ロシアと共にペア大国といわれる中国。コーチのビン・ヤオとともに、ペアの土壌がなかった頃から中国の歴史を作り上げてきたのがこの2人だ。2002年世界選手権で中国ペア初の金メダルを獲得すると、翌年はシェンが怪我を抱えながらも完璧な演技で連覇を果たした。このまま2人の時代が続くかと思われたが、ロシアのタチアナ・トトミアニナ/マキシム・マリニン組が台頭し、戦績は拮抗していった。そして決戦のトリノ五輪は、シーズン前にツァオのアキレス腱断裂の大怪我があり、万全な状態で臨めず、ライバルの後塵を拝し3位に終わった。翌シーズンは、その悔しさを晴らすように出場全試合でSP(ショートプログラム)・FS(フリースケーティング)1位の完全優勝。3つ目の世界選手権金メダルを獲得し、引退を表明した。しかし、果たせていない最大の目標が、2人を再び競技の世界へ呼び戻す。2009年5月に、当時30歳と35歳で競技復帰を宣言すると、3年前と変わらぬ強さと安定感で他のペアを圧倒。バンクーバー五輪では、SP1番滑走で当時の歴代最高点を更新し、FSは最終滑走の重圧を乗り越えて悲願の金メダルを獲得した。この大会を最後に再度競技から引退し、ツァオは師ヤオからバトンを受け継ぎ、現在は中国トップペアのメインコーチを務めている。これからは指導者として、新たな歴史を作っていくだろう。

演技中断から奇跡の銀メダル
ダン・ジャン/ハオ・ジャン組(中国)【2002-2012】

この2人の最も印象的な瞬間は、トリノ五輪のFSだ。冒頭では、当時成功者のいなかったスロー4サルコウに挑むも、回転不足で転倒し、ダン・ジャンが左膝を強打して演技を中断した。足を引きずる姿に誰もが棄権を予想したが、なんと演技続行。再開直後には高難度2アクセル+3トゥループのコンビネーションジャンプに成功してみせた。すでに10年が経つが、このコンビネーションジャンプには2人以外に挑んだ選手がいない。ミスを最小限に抑え、最終的には中国ペア3組で最上位の銀メダルを獲得した。その後も活躍を続けた2人だが、ダン・ジャンの身長が伸び続けていたことが影響し、2012年にペアを解消。彼女は引退し、ハオ・ジャンはチェン・ペンとともにソチ五輪に出場した。2016年4月、同門のシャオユー・ユーと新たなペアを結成し、五輪の夢を追い続けている。

欧州の絶対王者
アリオナ・サフチェンコ/ロビン・ゾルコビー組(ドイツ)【2004-2014】

シェン/ツァオ組の引退後、ペア戦線の中心となったのがこの2人だ。2008年・2009年の世界選手権を連覇し、バンクーバー五輪の金メダルも確実かと思われたところで、シェン/ツァオ組が復帰する。さらに2人はジャンプの不調に陥り、3連覇中の欧州選手権のタイトルを逃すと、五輪は銅メダル、世界選手権も獲れない失意のシーズンとなった。しかし翌シーズン、誰もが初見でそれとわかる真っピンクのつなぎのFS『ピンクパンサー』を引っ下げシーズン全勝。その後も芸術面で挑戦的なプログラムを作りながらメダルを取り続け、最後の試合と公言して2014年ソチ五輪を迎える。しかし、ここでも銅メダルだった。フラワーセレモニーでは、サフチェンコは悔し涙を流してゾルコビーに抱きついた。引退を延ばして出場した世界選手権で5度目の優勝を果たし、有終の美を飾ったかと思われたが、サフチェンコはフランス人のブルーノ・マッソーと組み現役続行を決めた。ゾルコビーは引退してコーチとなり、ロシア組を指導している。かつて最高の相棒だった2人は、今度はライバルチームとして競っていく。

伝統国に現れた異色の2人
川口悠子/アレクサンドル・スミルノフ組(ロシア)【2006-現在】

川口悠子/アレクサンドル・スミルノフ組(ロシア)

カップル競技、特にペアに対して、ロシアが大国と呼ばれる重みは他国と全く違う。ソ連時代を含めると1964年インスブルックから2006年トリノまで五輪12連覇。世界選手権は1962年から2006年まで45年連続表彰台という伝統がある。日本出身の川口が、そんなロシアの代表になることは驚きだった。2009年にロシア国籍を取得し、世界選手権で銅メダルを獲得。バンクーバー五輪の1ヶ月前に開催された2010年欧州選手権では、当時ヨーロッパでは敵なしのサフチェンコ/ゾルコビー組を破って優勝し、五輪の金メダル候補と目されるようになった。しかし五輪では、SPで3位の好位置につけたものの、FSで挑戦予定だったスロー4サルコウの回避を命じられ、集中力を欠いてジャンプのミスを連発。ロシア13連覇の夢は潰えた。以後2人は、度重なる怪我に悩まされることになる。スミルノフの靭帯断裂でソチ五輪出場を逃し、川口の腱断裂で2015-2016シーズンの後半を棒に振った。しかし、かつて涙をのんだスロー4サルコウは、2014年に成功し、2015-2016シーズンには2種類を組み込むまでに技術力を高めている。2人の復活に期待したい。

満身創痍を乗り越えたスケート界のレジェンド
チン・パン/ジャン・トン組(中国)【1999-2015】

中国のペア大国としての地盤は、実力組が長く活躍することで支えられ、彼らも1999年から代表として戦った、とても息の長いペアだった。2006年に世界選手権で優勝し、最盛期を迎えるはずが、高い技術を持つ後輩ジャン/ジャン組に敗れることが多くなる。偉大な先輩シェン/ツァオ組も復帰し、中国三番手という苦しい状態で突入した2009-2010シーズン。2人はキャリア最高の1年を送ることになった。2連勝で進出したISUグランプリファイナルでは銀メダルを獲得。バンクーバー五輪では、FS『見果てぬ夢』でパーフェクトな演技を披露し、当時の歴代最高点を獲得し銀メダルを手にした。このまま強さを見せていくと思われたが、トンの膝は、医師から「80代のようだ」と言われるほどボロボロの状態になっていく。休養を挟みながらたどり着いた4度目の五輪はあと一歩表彰台には届かず、現役を引退した。しかし翌年、妻パンの希望に夫トンが応え、地元中国で初開催される世界選手権を目指し現役復帰。史上最多16度目の出場となった大会で、円熟の美しいスケーティングを見せて見事銅メダルを獲得し、観衆の大歓声に包まれながら競技生活に別れを告げた。それは、フィギュアスケートにおける1つの時代が終わった瞬間だった。後の会見で、夫は妻に「世界選手権に連れて来てくれてありがとう」と伝えた。

お知らせ

◆決定!!ISUフィギュアスケート選手権アーカイブ
2004〜2015年に開催されたISUフィギュアスケート選手権の中から、リクエスト数上位6大会を順次放送します。
選手達の名勝負を振り返りますので、ぜひお見逃しなく!

5月14日 (土) 午前11:00〜 J SPORTS4 【2012年 世界選手権 男子シングル】
5月28日 (土) 午前11:00〜 J SPORTS4 【2010年 世界選手権 男子シングル】
6月4日 (土) 午前11:00〜 J SPORTS4 【2007年 世界選手権 男子シングル】
6月18日 (土) 午前11:00〜 J SPORTS4 【2014年 世界選手権 男子シングル】
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