今年からスーパーラグビーのレッズに挑戦中の日本代表FB(フルバック)五郎丸歩

2015年ワールドカップ、そしてスーパーラグビーと世界の舞台へと羽ばたく前には、もちろん数々の栄光と挫折を繰り返し、一歩一歩成長してきた。J SPORTSのオンデマンドでは、そんな五郎丸の高校から日本代表までの「五郎丸歩アーカイブ10選」を配信中だ

◆佐賀工業高校時代

高校時代からは五郎丸本人も、「あの敗戦があったから、今の自分がある」と言い切る一戦を紹介。それは、五郎丸が初めて花園ラグビー場の第1グラウンドに立った、高校2年時の花園の準々決勝(2003年1月3日)である。

福岡出身の五郎丸は尊敬する兄・亮を追って、佐賀工業高校に進学。この年の佐賀工業は、春の選抜大会で準優勝、国体で単独優勝。当然、花園でも優勝候補でAシードだった。

そして、兄とともに順調に花園のベスト8まで進んできた五郎丸。WTB(ウィング)には、現在もヤマハ発動機で一緒にプレーしている中園真司が先発し、相手の東福岡にはSH(スクラムハーフ)に和田耕二(トヨタ自動車)、控えにはNO8(ナンバーエイト)豊田将万(コカ・コーラ)の名前も…。

五郎丸は初めての花園第1グラウンドで、「頭が真っ白」になってしまったと言う。そのため、前半はボールを蹴ろうとして空振り、相手にトライを許したり、タックルミス、さらにキック処理ミスからトライを献上。

12-58(前半0-29)で敗れる要因を作ってしまった。試合後、人目をはばからず大泣きしている姿も見られる。16歳の花園での敗戦は、FB五郎丸の原点の1つとなった試合である。

◆早稲田大学時代

佐賀工業から早稲田大学に進学。このときに「五郎丸」という名前を初めて知ったファンも多いだろう。

五郎丸は、なんと大学の4年間で3回の大学選手権優勝を果たしている。高校時代とは違って、ランにキックに自信を持ってプレーする姿が見られるようになる。

1年時にイングランド代表SO(スタンドオフ)でキックの名手、ジョニー・ウィルキンソンのクリニックを受けてルーティーンを始めるようになり(ポーズは今よりも控えめな前屈み)、キッカーとしての安定感も増していく時代だ。

大学時代から選ぶ1試合目は、1年生ながら先発で出場した2004年度の大学選手権決勝(2005年1月9日)。トライもゴールも挙げて、関東学院大学に31-19で勝利し、自身初の「日本一」に輝いた瞬間だった。

さらに2年時の大学選手権決勝(2006年1月8日)では、勇退する清宮克幸監督(現ヤマハ発動機監督)のはなむけに、1トライ5ゴール1ペナルティゴール、18得点の大活躍で2連覇を達成。

また、日本選手権の2回戦(2006年2月12日)では、早稲田がトップリーグベスト4のトヨタ自動車を破り、五郎丸も2ゴール3ペナルティゴールと大きく貢献した。

大学3年時こそ優勝できなかったが、最終学年の4年では、伝統の「早明戦」(2007年12月2日)に71-7で圧勝。在学中、明治大学に負けたことはなかった。

大学選手権決勝(2008年1月12日)は雨の中、現日本代表WTB山田章仁らがいた慶応大学に26-6で勝利。大学選手権に優勝した時だけ歌うことができる「荒ぶる」をPR(プロップ)畠山健介(サントリー)らと熱唱している姿が印象的だった。

お知らせ


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