新年が明けて。深夜の午前2時。イタリアのタイヤメーカー社長、グレゴリオ・ボルゴが新年挨拶のために電話をくれた。ミラノは、夕方。まだ大晦日だけれど、日本が新年を迎えたことを祝ってくれたというわけです。

そのタイヤメーカーは、現在中国の資本が入って、事実上は、オーナーは中国の国家となっている。だんだんと役員の中にも中国人が入ってきて、やりにくいらしい。

さて、モータースポーツに於けるタイヤメーカーの存在は、縁の下の力持ちと何度か小欄でも書いてきました。性能が良くて当たり前。成績が良くなければタイヤのせいにされることは少なくない。

これも、イタリアのタイヤメーカーの話し。
モータースポーツ部門の責任者であったダリオ・カルッァバーラの彼のデスクの後ろに、同社のロゴマークの付いたフェラーリのF1マシンのイラストが貼ってあった。「これなんですか」と尋ねると「可能性を探っているだけだよ」と。彼は、ジル・ビルヌーブとディディエ・ピローニがフェラーリに所属していた時に同じくフェラーリF1チームのマネージャーだった。1982年のサンマリノGPでチームオーダーを無視したピローに腹を立てたビルヌーブをなだめながら表彰台に連れて行ったのがカルッァバーラだ。だから、職が変わってもフェラーリに思い入れがあったのでしょう。しかし、モータースポーツ&市販車のタイヤ開発総責任者であった伝説のエンジニア、マリオ・メッザノーテは、彼に苦言を呈したのです。「フェラーリと組むべきではない。成績が不振なら全て責任を負わされるのは目に見えている」と。

現在のように、F1GPにタイヤ供給をおこなう直前、当時の社長フランチェスコ・ゴリは、F1へのタイヤ供給には反対だったのです。供給をFOMと進めていた会長のマルコ・トレンケッティ-プロベーラと対立し、この供給に対する意見の違いだけでは無かったが、もろもろの事象で結局は会社を去ることとなった。

F1の運営側からの要求で<変化>が起こるタイヤを供給したが、当初は非難の雨あられ。現場の総責任者、ポール・ヘンブリーは、矢面に立たされるが、しっかりと非難にも対応して現在に至る。ヘンブリーはもともとラリーへのタイヤ供給部門にいた人物で、北海道で行われていたWRCにも来日している。

ご存知のように、国内では今シーズンからスーパーフォーミュラのタイヤ供給は、ヨコハマゴムが行うことになり。昨年末の公開テストでかなりのポテンシャルを示している。短期間で開発を進めたヨコハマさんの努力は賞賛される。

年始めに1本の電話からタイヤに関する思いが頭を巡った。

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高橋 二朗
日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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