2002年日韓ワールドカップ初戦・ベルギー戦で先制弾を叩き出し、日本のベスト16進出の原動力となったストライカー・鈴木隆行(千葉)が7日、引退会見を行った。

彼は鹿島アントラーズで頭角を現し、2002年大会の後はベルギーのヘンクやヒューステン・ゾルダー、セルビア・モンテネグロの強豪、レッドスター・ベオグラード、アメリカのポートランド・ティンバースなど海外を渡り歩き、東日本大震災の被害に遭った地元・茨城県の水戸ホーリーホックへ。そこで4シーズンを過ごし、今季はかつてプレーしたジェフユナイテッド千葉でプレーしていた。が、今季はわずか2試合の出場にとどまり、本人もユニフォームを脱ぐ決断をしたという。

鹿島やヘンク時代の鈴木は大のメディア嫌いで、囲み取材に応じることはほとんどなかった。日本代表で彼が口を開いたのは、ベルギー戦の後くらいしか印象にない。それでもさまざまな環境でプレーし、年齢を重ねるごとに自分自身の考えをしっかりと表現するようになった。今後は指導者を目指すというから、よりコミュニケーション力が重要になる。数々の修羅場をくぐった男の第2のサッカー人生が楽しみだ。

鈴木隆行の引退で、すでにピッチを去った2002年日韓ワールドカップ戦士は12人に上った。中山雅史がアスルクラロ沼津で現役復帰した例があるものの、日に日にあの激闘を知る人間が少なくなっているのは確かだ。今季限りで川口能活がFC岐阜、明神智和がガンバ大阪、市川大祐がFC今治を退団。次なる活躍の場を探すというが、現役続行できるかどうか定かではない。

現在のJ1のトップレベルでコンスタントに戦っているのは楢崎正剛(名古屋)と小笠原満男、曽ヶ端準(ともに鹿島)の3人くらい。その現状を見る限りでも、日本中が熱気と興奮に沸き返ったあの6月から13年もの月日が流れたことを痛感してしまう。

今季は3度目のJ1年間王者に輝いたサンフレッチェ広島の森保一監督、アジアチャンピオンズリーグでベスト4入りしたガンバ大阪の長谷川健太監督、J1昇格プレーオフで勝ち上がったアビスパ福岡の井原正巳監督と93年のドーハの悲劇を知る指導者の活躍が目立ったが、2002年日韓ワールドカップ戦士たちも日本サッカー界を支える側に回りつつある。森岡隆三は京都サンガU−18の監督として1年を戦い、宮本恒靖もガンバ大阪ジュニアユースのコーチとして初めてシーズンを通して選手たちを指導。柳沢敦も鹿島のコーチとして着実に経験を積み重ねている。

お知らせ

J SPORTSオンデマンドサッカーパックは
サッカーコンテンツ盛りだくさんで月額1800円!
・プレミアリーグ全試合
・ブンデスリーガ毎節4試合
・デイリーサッカーニュースFoot!
【会員無料動画】Un Poco Foot! 月曜日〜水曜日
サッカーパック :月額1,800円 (税抜)
※25歳以下の方は、U25割で月額900円 (税抜)でご利用いただけます!
詳しくはこちら »

スカパー!×J SPORTS J SPORTS オンラインショップ