J SPORTSがお送りするフィギュアスケーターのオアシス♪KENJIの部屋12月のゲスト織田信成さんの競技人生を共に振り返りましょう。

2005−2007シーズン 衝撃のデビュー

織田信成さんの名が広く世間に知れわたったのは2005年NHK杯ではないでしょうか。

世界ジュニア選手権優勝の肩書をひっさげて、シニアグランプリシリーズに初参戦した織田さんは1戦目のスケートカナダでいきなり銅メダル、続くNHK杯では初優勝をなし遂げました。しかし彼を一躍有名にしたのはフリー演技後のキスアンドクライでの反応。パーソナルベストが出た時点で顔を覆って泣き、総合優勝が決まった瞬間には人目も憚らず大声を上げて涙を流す……その姿に人々は驚き、感銘を受けたに違いありません。「『号泣』って実際にやるとこうなるのか」と。「号泣」と言葉では言っても実際そんなに泣いてない、というシチュエーションも多々ある中、彼は真の意味での号泣を日本中に見せつけたのです。折しも時は冬季オリンピックシーズン、ただでさえウィンタースポーツの注目度が高まっている時期。才能ある若手選手というだけではなく、憎めないキャラクターと「織田信長の末裔」というバックボーンまで兼ね備えた織田さんをメディアが放っておくはずがありません。
こうして日本フィギュアスケート界の新星・織田信成は名実ともに2006年トリノオリンピック代表の有力候補としてお茶の間までもを席巻することとなったのです。

トリノ五輪の日本男子シングル出場枠はたったひとつ。その1枠をかけた代表争いは、髙橋大輔さんが優位に立っていました。当時の代表選考基準になっていた2シーズンの成績のポイント制度で、髙橋さんは全日本を前にポイントで大幅に織田さんを上回っていました。対する織田さんはもう全日本選手権で優勝するしか望みがありません。
そんな中迎えた2005年の全日本。SP織田1位、髙橋2位で迎えたフリーは両者とも大技のジャンプにミスが出るものの、甲乙つけがたい素晴らしい演技を披露します。結果は、織田さんが髙橋さんの得点を上回り優勝。が、程なくしてコンピュータの採点ミスが発覚し結果が訂正されるという、前代未聞の出来事が起こります。正しく採点した結果は髙橋さんが総合優勝、織田さんは2位。五輪代表の座も髙橋さんに(仮に髙橋さんが2位だったとしてもポイントでは織田さんを上回ったのですが……)。選手達にとってあまりにも理不尽な全日本の結末でした。やり直された表彰式で、涙にくれる織田さん。髙橋さんも手放しで喜べるはずもなく複雑な表情、3位の中庭健介さんまでやるせない表情になってしまいました。

こうして織田さんの初めての全日本選手権優勝・オリンピック出場はどちらも幻となりました。しかし世界選手権の代表に選出され、初出場ながら4位という立派な成績を残し、日本男子の出場枠を2つに増やしました。翌2007年の世界選手権には髙橋大輔さんと共に出場し7位入賞。髙橋さんの2位という快挙もあり、ここで1国に与えられる出場枠としては最大の3枠を獲得。 ワールドにおける日本男子シングル代表枠は今でこそ3枠が当たり前のようになっていますが、そのはじまりのはじまりは織田さんの活躍からだったのです。

◆名演技 2006年世界選手権ショート『セビリアの理髪師』

カナダ・カルガリーで行われたワールド、初出場の舞台で織田さんは完璧なショートを演じ大喝采を浴びました。 3つのジャンプはすべて加点のつく出来映えでした。ジャンプの得意な選手は数多くいますが、織田さんが他の誰とも違うのは跳んだ後の着氷の仕方。足首と膝を柔らかく使い、衝撃を吸収するかのように降りるのです。ファンの間では「猫足着氷」とも呼ばれている彼ならではのテクニックを既にこの頃から見ることができます。降りた後にすっと手を上げてポジションを作ったり、スムーズに次の動作に入っていくところもとても美しいです。 後半の振付では織田さんのコミカルな魅力が楽しめます。「オーバーアクションで外国人のお客さんを笑わせる」という、一般的な日本人にはハードルの高すぎる課題をあっさりクリアしているところにも注目です。

2007−2009シーズン 復活までの道のり

トリノオリンピックシーズンにシニアでも通用する実力と存在感を見せつけた織田さん。新しいシーズンでも日本男子シングルをけん引していく存在になるかと思われました。しかし2007年7月、ミニバイクの酒気帯び運転という不祥事を起こし謹慎処分となり、その処分期間が明けても活動を自粛することを決めたため、2007−2008シーズンはどの試合にも出場しませんでした。

翌2008−2009シーズン、コーチにニコライ・モロゾフ氏を迎えるというサプライズ付きで彼は競技の世界に戻ってきます。モロゾフコーチといえば当時髙橋大輔さんのコーチでしたが、この発表の後髙橋さんがモロゾフ氏との師弟関係を解消し、それらの出来事も含めてセンセーショナルに報じられました。
オフアイスでのお騒がせの印象が強くなってしまったけれど、氷の上でも再び輝けるのか……外野の心配や好奇心をよそに復帰戦のネーベルホルン杯で優勝、続くカールシェーファーメモリアルでも優勝。国内では西日本選手権でも優勝。1シーズンのブランクをものともしない絶好調の滑り出しでNHK杯に突入すると、そこでも優勝を果たしました。
この大会でエキシビションの休憩中に生中継のトークコーナーに呼ばれた織田さんは、同大会で5位入賞した無良崇人選手のフリー演技のミニ解説を無茶ぶりされています。そこでは「滑っている顔が男前やね」「スケーティングがすごく上達したなっていうのを練習してても(感じる)」「(ジャンプの時も)フェンスギリギリまでスピードが出せる」等々、おちゃらけつつも専門的な視点を披露。同席した無良選手の顔にマイクを押し付けんばかりに近づけコメントを求めるそぶりでおどけるなど、TVタレントとしても解説者としてもポテンシャルが高いところを見せてくれました。本職のアナウンサーからは「織田選手、いいインタビュアーになれると思いますね」と現役引退後のご活躍を暗示するような一言も飛び出していました。

そして負けなしで迎えた全日本選手権では念願の初優勝。完全復活を強く印象づけて世界選手権の代表となり、3度目のワールドへと向かったのです。

◆名演技 2009年世界選手権フリー『ワルソー・コンチェルト』

この年の世界選手権は、翌年のバンクーバーオリンピックの出場枠がかかった特別な大会でした。ショートでは連続ジャンプの際に勢い余って壁にぶつかり転倒、7位だった織田さん。少しでも上位を狙いたいフリーでの冒頭、4回転−3回転トゥループのコンビネーションジャンプを成功させます。猫足着氷と共にはじける笑顔。コンビネーションにするはずの3回転アクセルが単独になってしまった以外は、予定構成にない3回転サルコウ−3回転トゥループ、後半の3連続ジャンプを含めどれも惚れ惚れするような出来映え。演技後は両手を突き上げて大喜び、観客もスタンディングオベーションで祝福します。キスアンドクライでは試合で初めて4回転ジャンプのコンビネーションを成功させた達成感からでしょうか、感極まって涙を流します。織田信成、久々の嬉しい号泣でした。

……ところが、得点は伸びませんでした。詳細は割愛しますが、とっさの判断で構成を変えて跳んだ3回転サルコウからの連続ジャンプが仇となり、ルールに則って後半の3連続ジャンプが無効になってしまったのです。ざっくり言うと「ジャンプの跳び過ぎ」です。この違反で得点がつかないことが織田さんは多かったので、ファンや関係者やJSPORTSの放送席に至るまで、周囲はこの後も試合のたびにハラハラしながら演技を見守ることとなりました。
しかし、『ワルソー・コンチェルト』はジャンプだけでなく、シニアデビューの頃よりも美しく伸びやかになったスケーティングも堪能できる正統派の素敵なプログラムでした。

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◆フィギュアスケーターのオアシス♪KENJIの部屋 12月ゲストは織田信成さん。お楽しみに!
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